以前、中学生の娘が中年のオジサン俳優に目が無い事を書いた。
好きな俳優さんは何人もいて、それが増えたり減ったりしているようだが、その中の一人、ベン・バーンズさんは安定してトップスリーの座を占めている。
その理由は、おそらく、彼が唯一、実際に会った人だから、だと思う。
実は、去年パリで開かれた、彼の出演したドラマシリーズのファンミーティングに参加したのだ。そこでサインに、握手に、ハグまで貰ってしまっていた。
そこは、プロの俳優さん。私たちを取り巻く、所謂世間一般の人と比較すると、(もちろん商売道具の維持管理は並大抵の努力ではないとは思うが)、それはそれは見目麗しい。その後光を発する様なお顔とボディで、ファンのため明るく優しく笑顔を振りまき、サービスでハグなどもしてくれちゃうのだから、中学生の娘などはイチコロ…。
とにかく、そのベンさん(と呼ぶのは正しいのか?)、実は歌うのも好きらしく、若い頃はボイーズグループとしてオーディションに参加した事がある位で、これまで5曲ほど自作の歌をリリースしている。言うまでもないが、娘はもちろんサイン入りCDを持っている。
で、毎朝バス停までの15分ほどの送り迎えの車の中、一定のローテンションを組んで時折ベンさんの歌が娘の大きな歌声と共に流れているので、自然と私もガチファン並みに彼のリリース曲の7割は知っている状態になっていた。
で、2カ月前、日本に帰省中の夏休み。
同じベンさんファンの友達から緊急連絡が入った。
「ママ!!」
何事かと目を丸くすると、
「ベンが…。ベンが、パリでライブするんだって!行きたいのっ!行ってもいいよねっ!」、と涙目の懇願。行かせてあげたい、と思ったが聞くとライブは平日の夜…。
実はフランスに住んでもう9年にもなるが、私は一度もパリまで運転した事がなかった。パリはそんなに広くないし、公共交通機関と歩きを駆使すれば行けない所など無い。駐車場事情も厳しいし、それより何よりあのクラクションを鳴らしまくるパリジャンに混ざって運転できる自信が全くなかった。私はあの穏やかでハッピーなハワイで運転免許を取っている。
「あのさぁ、ママね、パリまで運転できないよ。ライブって、終電に間に合わないんじゃない?それに次の日学校でしょ。」、と渋っていると、クッと唇を噛み、何やら、必死にお友達とテキストを交換していた。そして15分後、
「ママ、学校はちゃんと行く。約束するっ!それに〇〇のお母さんが連れて行ってくれるって!ねぇ、だったらいいでしょ?」
ファンミーティングへの付き添いは私がしていたので、お友達のお母さんが同伴を申し出てくれたのは納得がいった。潤んだ目を前に、ダメと言う理由が見つからずOKを出していた。
しかし、予定は未定。お友達のお母さんが8月下旬体調を崩した。しっかり治すための治療は体に負担のかかるものだった。
チケットは購入済み。娘もお友達も行く気満々。
「ライブ終わるの何時か見ておいてよ。ママ、運転できないって言ってたよね。」
と防御線を張った。
「ライブは8時開演。ママも知ってるでしょ。ベンには5曲しかないの。長く見ても2時間位よ。」、という返事。
そうか。10時に終われば会場からメトロに乗って、ギリギリ22:46の終電には間に合うか…。それが無理でもバスは11時まであるはず…。
しかし何やら嫌な予感。電車に間に合わすために閉演前に出なきゃいけないとなると、悲しそうな表情が目に浮かぶ…。ライブ3日前、一応自分の目で確認を、とライブ情報を載せているFacebookのページを開くと何とライブは3時間、午後11時まで、とあった…。前座があるのか…カバー曲で攻めるのか…はたまたトークで引っ張るのか…。
「終電に間に合わないじゃない!運転はしたくないって言ってたでしょ!キャンセルよ!キャンセル!!」
…と、楽しみにしている娘に言えるはずもなく…。
所詮子供の喜ぶ顔が見たい親バカなのです。
こうなったら仕方がありません。
何歳になっても、最初はあるもの、と意を決しました。
初めてのドキドキ、きっと血圧を上げる以外にもいい作用はあるはず、と自分に言い聞かせました。
そして、50歳、初めてパリまで運転しました!
ライブハウスは座席無しの立ち見。安いチケットだったので、早く並ぶんだ、と意気込む二人を連れて、会場に着いたのは開演の6時間半前。娘たちの前には5人ほどしか並んでいなかったので、ひとまず安心。そうこうする内に、列は伸び始めて、ベンファン同士で意気投合し、友達の輪がここそこで広がり、色んな人とインスタをシェアし合い、盛り上がり始めました。
こうなると、私は無用。楽しそうな若者達を横目に、近くのベンチで青空文庫で堀辰雄の「風立ちぬ」を読み、トイレを探しに散歩に出かけ、戻って太宰治の「桜桃」を読み、尾崎紅葉の「金色夜叉」を読み始めた所でようやく開門となりました。
結果。
案外良かった!
イヤ、結構良かった!
700人収容できると書いてあったライブハウスは、思ったよりも手狭で、早く並んだ甲斐あって、ベンさんが5メートル先にいた。
「僕が若かった頃、イヤ、今も若いんだけど、もっとずっと若かった頃から、変わらずに僕の事サポートしてくれている君たちのおかげで、僕は歌まで歌えている。本当にありがとう。」、と言った彼の言葉は、目の前の表情が見えるからか、裏表のない本音なんだろうな、という事が伝わって、一気に親近感が湧いた。
そして、ファンが本当に彼のファンで、英語がそんなに分からない人もいるだろうに、彼の一言一言を一生懸命聞いて反応し、彼の歌を一緒に口ずさみ、スマホのライトを振り、狭い会場は皆の「好き」で溢れていた。
彼は自分の過去の曲3曲、新曲2曲、をカバー曲と織り交ぜて1時間半ほど歌った。音痴な私には歌の良し悪しはよく分からないけれど、ファンのために全身全霊で歌っている歌声には確かに愛と感謝がこもっていて、ベンとベンファンの双方に大きな信頼関係が感じられて、正に会場が一体となっていて、本当に素敵な空間だな、と思った。
これぞ箱ライブの醍醐味なんだろうな、と実感した。
www.youtube.com (これはロンドンでのライブ映像。ベンさんの曲…ではなく、トイストーリーの曲ですね。)
夜の11時過ぎ会場を後に。カーナビを設定したけれど、眠らない大都会パリはまだ車が多く、方向指示器をチクタクしても一向に車線変更ができず、高速への入り口に2度も入り損ね、ドキドキハラハラしながらではあったけれど、何とか無事に家に帰り着きましたとさ。
さぁ、ちょっとハードルが下がったぞ。
次は何のコンサートに行こうか。