少し春めいてきましたね。手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

争い

小さな兄弟げんかに始まって、他愛もない夫婦喧嘩や友達との口論、知り合いとの諍いに、ライバルとの競争。地域間の紛争、異宗教間や外国との利権をかけた戦争…。

 

いつの世も生き残りをかけた戦いが絶えず繰り広げられている。

 

辛いのは、命を投げ出して戦う戦士たちは、敵味方に関わらず、何か守るべき大切な物があって戦っているという事。親、兄弟、家族、友達、恋人、母国、信条、信仰。自分の命を犠牲にしてまでも守りたいと思うもの。

 

大切な物のために、自分の命をも顧みず果敢に戦う。それは時に美しくさえ映る。

 

でも、対峙する敵の一人一人も、多くの場合、守るべき物を心に覚悟を決めて戦いの場にいる。それは言うなれば鏡に映るもう一人の自分。

f:id:yamatopiece:20170618184744j:plain何持ってるの?by Yamato piece

 

美しい自己犠牲心を鎧で固め、信じる旗の下、肩に重い武器を担ぎ、狙いを定める時、もう一人の自分が全く同じ気持ちで自分を狙っているのである。

 

戦士の尊ばれるべきその崇高な自己犠牲に基づく愛と勇気は、自分の目の前に立つ敵が、色違いの鎧を付けただけの、模様の違う旗の下に立つ自分自身である事を気づかないという悲しい愚かさによって、また取り返しのつかない悲劇を生む。

 

人は誰でも、愚かで、美しく、愛し、愛されるべきもの。

皆、不器用ながらも懸命に生きている。

 

私も、あなたも、そしてこの人も、あの人も。

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SMA1~3型のための新薬SpinrazaがEUでも承認されました。

2016年12月23日にアメリカで承認された新薬Spinrazaが、約半年後の2017年6月1日、EU(欧州連合)でも承認されました。

 

www.biogen.com

これから保険会社や医療機関などとの調整を経て徐々に治療が始まっていく事になります。

世界に先駆けて治療が始まった米国では、現在投薬治療が可能な医療機関は28州、58機関と増えてはいるものの、1年目に必要な6回の投薬にかかる費用が莫大である事と($125,000X6=$750,000)、一つの医療機関で対応できる治療回数がまだまだ限られている事が基で(医療機関一カ所で受け入れられる患者さんの数は25人から50人)、治療を希望する患者さんが全て治療を受けられている状況ではありません。

保険会社にとっても多額の出費となるためどの患者さんの治療費を補償するか判断せざるを得ず、医療機関の方も誰を先に受け入れるか苦渋の決断を迫られている状況のようです。

 

smanewstoday.com

しかし、遠い道のりもまずは最初の一歩から。

新薬開発に費やされた長い年月と多くの方々の理解、協力、努力があったからこそ、これまで何の治療法も無かった難病SMAにもようやく希望の光が見えてきました。

ここまでも一歩一歩、険しい道を歩んで来てくださった方々がいます。

 

SMA3型を患う息子は無事14才になりました。診断を受けて10年。

成長が早い方だったので身長もすでに175cmもあります。

思春期前の小さい軽い体でできていた事も、大きくなった今では難しくなりつつあります。

 

本人も、私たち家族も、不安や心配は色々ありますが、これまで多くの方々に支えられて、家族みんなで助け合って楽しく生活できてきた事に感謝しながら…

これからも今までと同じように、焦らず、希望を持って、

日々の幸せを大切にしながら一歩一歩、進んでいくのみです。

 

今日も、皆さんの一日がいい日でありますように。

自然の一部であるという事

人間は文明の発展と共に、自分も自然の一部に過ぎないという事を忘れてしまった様だ。

忘れてしまった…、

いや意識には無いだけで、

自覚できないだけで、

本当のところは、脳も体も自然に戻りたがっている気がする。

 

特にここの所、自然の美しさ雄大さに心動かされる頻度が増えています。

つい数年前までは、やるべき事、解決すべき問題に埋もれてしまい、

あふれる情報に神経がとがり、

人間が次々に生み出すものに心奪われ、

人間同士の関係にとらわれ過ぎていたように思います。

 

でも、フランスへ移住して、

ついつい無駄にしてしまうほど

自由な時間が増えてからは、

本能が求める物がはっきりしてきたように感じます。

 

春、芽吹く草木を見て生命の逞しさを感じ、

咲く花を見て心が和み、鳥の囀りを聞いて気持ちが透き通ってくる。

初夏、日に日に濃くなる緑が眩しく汗ばむような陽気の中、

木陰のヒンヤリとした空気を深く呼吸すると、身も心も自然の一部だというのが実感できます。

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何百年も、殆ど変わることなく鎮座する岩を見て、

樹齢何年かも分からない大きな木を見上げ、

数日で花を終わらせる草花を足元に愛で、

虫や鳥や小さな動物の命に思いを馳せると、

人間もただの生き物なんだなと思います。

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他の生き物と違うのは、考える力、

新しい物を生み出す技術、

そして思い悩む心。

 

きっと弱いが上に、種を存続させるために必要となった特性なんでしょうね。

繁殖力はそれほど突出しておらず、独り立ちできるまでの時間は長く、力もそれほど強くなく、自分を守るための固い甲羅もなければ、戦うための鋭い牙も爪もありません。

だから、問題に直面した時や辛い体験をした時に、悩みながらも、考えて、そこを乗り越える術を見つけ出す特別な力が与えられたのかな、と思います。

 

その他の生物から見れば魔法のような力を使って、人類は今も増え続けています。今や世界人口70億以上。

 

でも、この時代、解決すべき問題がとにかく多くて、中には長年解決できずに放置され肥大化しすぎて手の付けられない物もあります。

自分の毎日の生活には大小の問題があり、自分を取り巻く人それぞれにも問題があり、みんなが暮らす社会にも問題があり、日本に、世界に、地球に問題がある…。

これじゃ、二進も三進も行きません。

閉塞感…。

 

そんな行き詰まりを感じた時、日ごろ親しんでいる風景から少し離れて知らない道を歩き、ちょっと緑の多い静かな場所に行ってみるといいと思います。だって、見慣れた風景には、思い出や思い入れがあり過ぎて、心を落ち着かせるには、余りに多くの雑念が生じますもんね。

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初夏の眩しすぎる位の太陽の光を程よく遮ってくれる木立の下をゆっくり歩くと、

知らず知らず緊張して縮こまっていた身体から少しずつ力が抜けて、

自然と背筋が伸び俯きがちだった視線が上向き、

新しい風景にいつの間にか閉ざされていた気持ちが少し開き、

緑が作ってくれた新鮮な空気を胸に吸い込むと、

萎びていた心も少し膨らみます。

 

自然の中に身を置くだけで、人類が生まれてからずっと変わらず必要な太陽、水、空気、そして多くの命を育む豊かな土を身近に感じられ、きっと最も深い所の心の安らぎを取り戻せるのだと思います。

安心の泉が見つかれば、それが明日も生きていくパワーの源泉になります。

ガーデニングという名の肉体労働

皆さんは、庭仕事の経験はあるでしょうか。

最近は趣味がガーデニングだという方も増えていますよね。

私は小さい頃、学校の校庭や公園、神社やお寺の草むしりはした事はありましたが、実家には金魚用の小さな池がある小さな箱庭があるのみで、植木鉢を置くスペースはあっても、草木を植える場所はありませんでしたし、アメリカに住んでいる時はアパート暮らしだったので、人生40年余り、庭仕事とは全く縁がありませんでした。

しかし、旦那の仕事でフランスに越してきて初めて庭のあるお家に住む事になりました。これが人里離れた村なので、お庭もやたらと広い。

おフランスガーデニング」というと、とってもオシャレに聞こえますが、素人の私たちには、これがやたらと大変です。

冬の間は草木も眠っているのでいいのですが、春到来と同時に一斉に驚異的な勢いでグングンと芽を出し、葉を出し、枝を伸ばしだします。これが春の陽気に浮かれがちな気分に冷や水を差します。

晴れた空をみて、「光合成だ…栄養作りまくってるぞ…」と思い、雨模様の外を眺めて「水を得た魚ならぬ雑草だ…これでまた蔓延るぞ」と恐ろしくなりと…本当に大きな悩みの種です。

 

私、自然豊かな富山で育ったとは言え、町中でしたし、とにかく自然の威力を間近で体験をした事がありませんでしたから、遠くに眺める山々も、季節ごとに表情を変える木々や草花も、「癒されるなぁ」、程度に甘く見ていました…。

 

現在の家に越して来たのが2014年の秋。冬までに一度草刈りをしましたが、困った事はと言えば、冬眠の場所を探して、どこからかテントウムシが大量に家の2階に入り込んだ事位。

今は慣れましたが、一匹、二匹だと可愛らしいテントウ虫も数十匹単位で天井や壁に張り付いていると、あまり気持ちのいい風景ではありません。おかげで、子供達はテントウ虫嫌いを発症しました。

しかし、2015年初春。外はまだまだ寒い時期から、庭のあちこちでスノードロップが咲き始め、それを追って桜草が色とりどりの可憐な花を咲かせ、水仙、チューリップと続き「あ~、庭ってこうやって春を運んでくるんだわ~。」、と感激していたのも束の間、綺麗な花を覆い隠す勢いで雑草が伸び始めたのです!

 

それから庭との果てしない闘いが始まりました。

 

でも庭仕事などした事もなく、何が雑草で、何がそうでないかも検討が付かず、何からどう手を付けていいやら全く分からない私たち。綺麗な花だからと思って放置しておくと、花が終わる頃には背が伸びすぎて草刈り機が役に立たなくなったり、蔓が木に巻き付いていて木が苦しそうだからとちょっと切った所、群生していた細い木の幹が半分倒れてしまったり(支えているんだったら、そう言ってよ!!)…。とにかく、枝切りばさみを手に、思案している内に、草木は生き残りをかけて、花を咲かせ、種を実らせ、枝を伸ばし、根を伸ばし…。2015年秋口には我が家の庭はあっと言う間に荒れ放題…。

 

そして、翌年2016年は、リベンジを果たすすべく、桜草の花が終わる頃に躊躇する事なく早々と庭全体を草刈り機でガガガガーっと刈り取ってやりました!!自然の勢いを封じ込めるため一気に手入れをしてスッキリしたものの、雑草を刈り取る際にあちこちでいい香りが漂い、その度に「この雑草、美味しそうな匂いっ!もしかして食べれちゃったりして??」と思っていましたが、ご近所のおばさんに話したところ、知らず知らずの内に前の住人が植えていたハーブをすっかり刈り取ってしまったようだという事に気づき、ガピーン…。ラベンダーの花も、勢いで何処かを傷つけたのか、3分の1枯らしてしまいましたし…。

 

やはり何事もバランスですよ、皆さま。優柔不断で放置しすぎもだめですが、やたらめったら刈り込みすぎもよくない!

 

そして、庭仕事3年目の今年。先週末から第一回目の草刈りを始めました。今年は、大体庭に植わっている草木の事が分かっているので、その都度植物の様子をみながら、焦らず必要に応じて刈り込んでいきたいと思っています。とにかく、今年こそは、花壇に夏用の花を植える余裕が欲しい…。ガーデニングと呼べるのは、自分で選んだお花やハーブやお野菜が楽しめるようになってからですもんね。

今はまだその域には程遠い、辛い肉体労働、庭仕事です…。f:id:yamatopiece:20170517040328j:image

 それでも今年の薔薇第一号。何てゴージャス~。

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マーガレットよ、貴方もとても自然で素敵。

 

こうしてお花に話しかけながら、何とか早く、お庭に敵対心を燃やすことなく、仲良くやっていけるようになりたいものです。

お庭よ、お庭。早く癒しの場になっておくれ。

AveXis社開発、SMAのための遺伝子治療 臨床試験結果

SMAのための希少薬、及び画期的治療法の指定を受けたAVXS-101遺伝子治療臨床試験の途中結果が発表されました。

こちらの臨床試験はフェーズ1でSMA1型の幼児15人を対象に行われました。AVXS-101はAveXis社が開発した遺伝子治療です。同治療では、人体に無害なウイルス(アデノ随伴ウィルス)に機能的SMN遺伝子を血管経由で中枢神経系まで運んでもらう事で運動神経細胞に働きかけるというものです。

avexis.com

今回の臨床試験の対象はSMA1型を患う生後6か月以内の赤ちゃんで、15人中12人が高用量、残りの3人が低用量での治療を受けました。

フェーズ1臨床試験では、主に治療法の安全性と効果が調べられました。およそ2年間に渡る試験の結果、生後13.6カ月時点で、全ての被験者が人工呼吸器無しで存命していたとの報告がなされました。

通常、SMA1型を患う幼児は75%という高い割合で亡くなるか、存命していても人工呼吸器が必要となります。

また、運動機能も向上し、高用量治療を受けた12人中11人が頭を動かせるようになり、8人は自分で座る事ができるようになり、2人は自力でハイハイ、立つ、又は歩く事ができるようになったとの事です。いずれも、治療を受けていないSMA1型の幼児には到達不可能な能力です。

 

ただし、稀に治療に使われるウイルスへの抗体がある子供がいるとの事で、その場合には効果が薄くなる可能性もあるとの事です。とは言っても、抗体がある事が基で治療ができないという事はないそうです。

新薬の開発、臨床試験に携わっている全ての方々に感謝しつつ、一日も早く患者さんが治療を受けられ、元気に過ごす事ができるようになりますように願ってやみません。

今日も皆さんの一日が、平穏で幸せでありますように。

 

 

半引きこもり生活、脱出…できずに終わるのか。

さて、小さな教室で日本の文化について伝える活動を始めたわけですが、第三弾「茶道」開講目前にして危機到来です!

これまでの活動についての記事はこちら。

 

yamatopiece.hatenablog.com

 

 

yamatopiece.hatenablog.com

 

 

yamatopiece.hatenablog.com

 

何とこれまで使っていた教室が、所属しているアソシエーション内のゴタゴタで2月後半から使えなくなってしまっていました…。

 

色々な人が集まって何かしようとすると、気の合う仲間であっても、やはり多少の意見の食い違いは避けられませんし、まとめ役に付いていく人が少ないと、ボス的行動には批判が集中しますし、そう簡単に物事はスイスイと進まないものです。

f:id:yamatopiece:20170429185453j:plain岩山の上by Yamato piece

 

そんなこんなで、

「…はぁ、せっかくやりたい事が見つかったのに、やっぱり、直ぐにはなかなか上手くいかないもんだなぁ。」

と、私はちょっと気を落としていました。

 

それでも、私の未開催分の講座(計2回)のお知らせがすでに出回っていた事と、これまでの参加者の中でも次回を楽しみにして下さる方がいらっしゃった事もあり、キャンセルの案内を出した時点で、問い合わせが数件入ってきました。どの方も、是非参加したいからもし別の場所で講座を開く予定があるのであれば知らせて欲しいとの事でした。

フランス語ど素人の私が開く小さい規模の講座でしたし、参加者もそれほど多くはなかったので、数件でもこんなメールが入って、私は素直に嬉しく、勇気づけられました!

そういう訳で、一度は意気消沈した気持ちも「楽しみにしてくれている人が数人でもいるのなら、時間がかかっても必ずやどこか別の場所で実現させなければ」に切り替わりました。

でも、フランス語は下手くそだし、コネも少ない私に、簡単に場所が見つけられるのか…??

と、そこへタイミングよく通りかかった渡し舟がありました!

 

昨年の春の事ですが、知り合いの方に頼まれて、一度とある喫茶店で簡単にお点前を披露した事がありました。

その喫茶店はその街ではこれまでになかったタイプのお店で、お茶の注文はメニューからではなく、棚に所狭しと並べられた沢山の種類のお茶の中から選びます。ブレンドされている茶葉やフルーツ、ハーブなどから気になる物を選ぶと、缶を開けて香りを確かめさせてくれます。その際にお店の方のお勧めなども聞いて、注文すると、選んだお茶葉を丁寧にティーバッグに包み、熱々のティーポットと一緒に出してくれます。

 

おフランスはコーヒー派が多く、パッと出てくるコーヒーも十分美味しいのですが、何だか慌ただしく、ゆったりとした気分にはしてくれません。でも、お茶は、熱いお湯が注がれたティーポットから上がる湯気を見ながら、お茶がいい具合に出るのを待つだけでも、ホッと一息つけるのが嬉しい。

 

そのお店が開店して間もなくの頃、私のご近所さんがたまたま通りかかり、ちょっとお試し気分でお茶を飲みながら店主さんと話をしてみると、シングルマザーの彼女が義理の妹さんと意を決して開いてみたものの、町の中心から少し離れていて目に付きにくいせいもあり、お客さんもあまり入らず困っているとの事。そこで、そのご近所さん(世話焼き上手)、「近所に引っ越してきた日本人と最近知り合いになったんだけど、その子に(私)お点前ができるか聞いてみてあげるわ。いい宣伝にもなるし。」という流れで、私の所に話が来ました。

 

その頃はまだ、半引きこもりの真っ最中。どうしようかと迷いましたが、お世話になっているご近所さんの顔を立てるため、簡単なお茶会を開きました。近くに住むフランス語堪能な日本人の知り合いの方に手伝ってもらい、和気あいあいと楽しい集まりになりました。喫茶店の宣伝効果のほどは分かりませんでしたが、昨年の10月、喫茶店は街の中心へと引っ越ししました。

こちらがお店のフェースブックのページです。

https://www.facebook.com/KfThé-mes-Délices-1000111843355990/

 

そして、何とこのタイミングで、その店長さんから今年も何かしてほしいという話があったのです!そこで、予定していた第三弾をその喫茶店で行う運びとなりました。

前のお店に比べ、場所も広く、前回とは趣向を変えた企画にしたいと思い、新たに3名の知り合いの方を巻き込んでの茶道イベントです!

さて、どうなる事か…。

イベントの報告はまた改めて。

春うらら、ラーシャン(Larchant)へ散歩に

先日、ポカポカ陽気と元気な年配のお友達(御年79才なり!)に誘われて、知る人ぞ知るロッククライミングのメッカ、ラーシャン(Larchant)へ散歩に出かけました。

つい数か月前までは、ちょっと買い物に出るのも億劫でしたが、春の暖かさも手伝ってか、まだ重たい腰をあげる時の「ヨイショ」は必要ですが、それほどウダウダ考えずに出かける事ができるようになってきました。

世界中からここの巨大な岩に挑戦するためクライマーが訪れるというラーシャン。私は登った事が無いので、その醍醐味は分かりませんが、その日も人出が多く岩場近くの道路は大変な混雑でした!

www.facebook.com

私たちが向かったのはクライマーが集まる場所ではなく、小高い丘を登る簡単な散策道。でもこちらも巨石がゴロゴロ。登りたくなる気持ちも少し分かります。

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20分ほどで頂上に到着。丘の上は開けていて、ごつごつした岩の険しい景色とは対照的な周りに広がる緑の海。

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そこで見つけた一本の木。

周りに木がないので、日光も存分に浴びているせいか、とても堂々とした枝っぷり。

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でも根本に目をやると…、見て下さい!

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岩の上の少ない土では当然、水分も養分も足りないので、土壌を探して根を伸ばしてついには岩の下の地面を探り当て、そこへ根を張っています。

『こんな場所でよくもここまで大きくなったなぁ、』と思うと何だか励まされているようで、元気をもらいました。

 

人も、生まれてくる環境は選べません。この木だって好きでこんな岩の上に芽を出したわけではありません。でも、どんな所に置かれても自然の営みは諦める事を知りません。

人は考える力に恵まれたため、その知力と技術で様々な事を発見し発明し、人類は発展を遂げてきたわけですが、その反面、思い悩まざるを得ない生き物なので、自力では抗う事ができない運命の流れに押されて不利な状況に置かれると、精神的に辛くなります…。

辛くなると気持ちのやり場に困って、運命の非情さを責めたり、他人を責めたり、家族を責めたり、自分を責めたり…。そうこうする内にネガティブ思考のスパイラルに陥って、時には抜け出すのが難しくなってしまいます。

 

だけど、人間以外の動植物は、思い悩む事をせず、置かれた場所で何とか生き残る術を本能的に見つけ出すおおらかさと逞しさがあります。人間も自然界の一部。同じ生き物だと考えると私の中にもこの木と同じおおらかさや逞しさがあるのかもしれません。

厳しい環境に置かれても、その都度、ギリギリ生きていくのに必要な水と養分を与えてくれる少量の土に感謝しながら、少しずつ枝を伸ばし、根を張って、明日の供給源を確保する努力をしていく事が大切なんだなと思いました。

 

この木の姿を心に、今日も一日、いつも支えてくれる、家族のため、人のため、できる事をしながら、大切に過ごしたいと思います。