手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

足を伸ばして

今週は雨の降る日が多くてジメジメ冷かったけれど、フランスもようやく日中は安定して20度前後まで上がるようになってきた。

私はどちらかというと家籠りが好き。でもフランスで過ごす日々もあとどの位あるか分からないし、一度日本に帰ってしまえば、おそらくのんびり戻ってくる事はないだろうと言うのもあって、今年からは行ってみたい所はできるだけ行ってみようと思っていた。

 

そこで、今回は晴れた日を狙って、家から50キロ程離れたお隣ヨンヌ県のサンス(SENS)へドライブした。

 

サンスは、ガロ・ローマの時代にローマ街道の分岐点に位置した事で目覚ましい発展を遂げ(かのジュリアス・シーザーの『ガリア戦記』ではAgedincumの名前で記載されている)、その後のカロリング帝国時代にも初期キリスト教の拠点として栄えた歴史ある街。

 

タブラ・ペウテインゲリアナ(ローマ帝国の道路図)の一部


街のシンボルは最初のゴシック建築として知られる12世紀に建てられたサン・エティエンヌ大聖堂。祈りの場として大切に受け継がれてきた場所は見るからに荘厳で一見近寄り難い感じがして身構えてしまうが、ゆっくり見て回るとあちこちにユーモラスな彫刻が施されていて、聖堂は神様のためと言うよりは実はそこに暮らす人々のために作り上げられた愛されるべき場所なんだなと気付かされる。神聖さを演出する中にも自然と漏れ出す人間らしさに、何百年の時の隔たりや異文化の価値観の違いなんか飛び越えて、一気に親近感が湧く。

 

大聖堂を見て回った後は、お目当ての博物館兼美術館へ。

石器時代の道具からガロ・ローマ時代の遺物、そして中世から現代までの様々な作品が歴史を追うように展示されていて、何を見ても人間の創造力の逞しさと器用さと美の探求心に感動した。

あの方のお帽子も…

 

私は、もし今、石器時代の人が生活していた様などこかの森の奥地に放り出されたら生き残れない自信がある。でもどんな厳しい環境でも生き続けられる人はちゃんといて、これからも色々試練はあるだろうけど人類はこれからも種を保存していけるんだろうな、と不思議と誇らしい気持ちになって何故かちょっと安心した。人間って本当に凄い。

 

人類の長い歴史を考えると、私個人が出来る事も出来ない事も大した影響はなくて、まぁ、バタフライエフェクトとか言って、くしゃみ一つが何かを変えているかもしれないにしても、それは私の意思に関わりないわけで、とどのつまり、凡人の私は、自分と自分の大切な人が穏やかに幸せに暮らしていけるように努力するのが人生最大のミッションという事になるわけです。

 

ちなみに今日は息子の21歳の誕生日。

朝食はちょっと特別感のあるフレンチトーストにカプチーノを淹れた。

ちょっと食べ過ぎたけれどみんなの満面笑顔頂きました。

だから私の今日はすでに合格点、ということで…。

魔女の一撃

魔女の一撃。

それはいつ放たれるか分からない。

ここ数年は少し違和感を感じる事はあっても、重症にはならなかったから油断していた。

 

あれは1週間ちょっと前の週末。スーパーで好物の羊乳チーズを物色していたその時だった。左の腰にピキーンときた。その瞬間は「やったか…?」位のもので、何度か深呼吸をすると、痛みは引き、押していたカートに体重をかければ歩く事も出来た。

 

…が、不運にもその日は一人で買い物していた。重たい水やミルクらがすでにカートに入っていた。重い物には取り外せるバーコードが付いているから、レジは何とか済ませられた。でも、その時にはもう腰がギリギリの気配。自分で荷物を車に積むのは完全にノーノ―なのは明白だった。

 

で、スーパーのおばさんに、

「あの~、どなたか車に荷物積むの手伝ってもらえる人いませんか?」、と聞いてみるも、パッと見、痛手を負っている様に見えなかったのだろう、不審そうな目で「そう言う人居ないのよね〜。」と軽く断られてしまった。

 

仕方がないので駐車場までカートを押し、細心の注意を払いソロソロと荷物を積み込んでいると、通りすがりのおじさんが「手伝うよ」と残りの水をヒョイヒョイと積んでくれ、こちらのお礼もほとんど聞かず「いいよ、いいよ」と軽く手を振ってカッコよく去って行ってしまった。後を追う事こそできなかったが、その優しさに助けられた。フランスではこうして老いも若きも躊躇せず軽く手を貸してくれるのが素晴らしいと思う。

 

そして奇跡的に家に帰り着いたはいいものの、左足に体重がかけられない状態だった。買ってきた物の片付けは娘に任せて早々に横になったが最後、痛くて身動きできなくなってしまった…。その日は痛み止めを飲み、娘の肩を借りて大騒ぎして一度だけトイレに行った以外寝たきり状態だった。

そして翌日は奇しくも私の誕生日。トイレとベッドの往復は杖をつき、念のため娘に付き添ってもらい出来る様になったけれど前途多難な様相。この日もトイレ以外は横になるだけだった。私的にはもう誕生日に大した思い入れはないけれど、可哀想に思ったのか、娘が有り合わせの材料でケーキを焼いて、ローソクまで立ててくれた。そしてベッドでバースデーソングを聞き、ローソクの火を消した。

 

そして、次の日、やっと寝室から台所までの距離を歩く事ができるようになった。しかし、2日振りに台所を見てびっくり。前日の娘の格闘の跡が生々しく残っていた。なぜか床にまで色々散乱していてパニック振りが想像できた。『頑張ってくれたのね。優しいな。かわいいな。』とは思ったが、料理は片付けまでして完了。娘には再度お礼を言いつつも、食洗器に汚れた食器を入れ、ゴミはゴミ箱へ、カウンターは拭き掃除する様にお願いした。そして食卓に行ってみて二度びっくり。自分の部屋に勉強机はあるけれど、食卓で宿題をする事が多い娘の教科書やらノートやらが2日間だけで山積みになっていたのに加え、おやつの袋や皿、コップまでもが全て放置…。

普段は「片づけてね」と声掛けはするものの、毎日本人たちにやってもらっているから、まさかたったの二日でこれだけ荒らす事ができて平気でいられるものなのか、と変に感心してしまった。

鬼の居ぬ間の何とやら。自主性って勝手に育つもんじゃないのね、と学びを得た。

 

あれから1週間余り、もう若くない身体だが、それでも徐々に回復し、今朝は自分で右足は靴下が履けた。そしてこうしてコンピュータの前に座りブログを書けている。

 

魔女の一撃は、もうこりごり。でも、良かった事もある。

この1週間で子供達の家事能力が急成長を遂げたのだ。

掃除はそれほどでもないが、簡単な食事の準備や片付け、洗濯、ゴミの分別、ゴミ出しなどなど、私を心配して率先して手伝ってくれたおかげで、一通りはできる様になった。分からない事があると、フェースタイムを使って遠隔で指示できたので大きな失敗もなかった。そして、子供達は家事の大変さと母が不死身でないという事を経験させてあげる事ができた。

 

大分痛みは治まってきたたけれど、あと数日は子供たちが学んだ事が身に着くように、「痛たたた。」を続けようと思う。

 

ネーデルランドの諺ーブリューゲル作(Wikipediaより)

腰痛には難しい動作であふれています。

 

虹の後の嵐

主人の命日の夕食時。

彼がいつも座っていた席に少しワインを注いだグラスを置き、子供達と彼との思い出話に花を咲かせていると、外でゴロゴロと雷が鳴りだした。

 

雨を呼べるという彼の自慢話をよく聞かされていた私たちは納得顔で、

「あ~来た来た。パパだねぇ。」と冗談気味にうなずき合っていると、庭に面した窓から見える空がピカッと光った。

「お~!」と皆で歓声を上げると、娘が写真を撮ると携帯を引っ掴み、小走りで玄関に向かった。空は嵐の前の装いで少しオレンジ色がかっていたけれど、ピカッからゴロゴロまでの時間はまだ長くて雷が落ちる心配はないと判断し、私も娘の後に続いて庭に出た。すでに大粒の雨がポタポタと落ち始めていた。見ると東の空にうっすらと虹が掛かっていた。

「あっ、虹!」と娘に指差しで知らせると、

「ほんとだ!」と少々上ずり気味の声を出して早速写真を撮り始めた。

嬉しくなって『ありがとうね。』と心の中で言ったそばから虹の橋がぐんぐん伸び始めて綺麗な半円を描いた。

 

ハワイでは毎日の様に見ていた虹だが、フランスへ来てからは殆ど巡り合う事のなかった虹だ。

消えてしまう前にと、息子の車椅子を押して3人で一緒に虹を眺めて

「お~、パパさすがだね~。」と褒めていると、いよいよ雨足が強まり始めた。

家に入って数分後には盛大な雷と共に大雨になった。

電気が少し瞬いた。三人でニヤニヤしながら、またうなずき合った。

 

彼のいない3年目が始まった朝は悲しく寂しかったけれど、夕刻の盛大なショーのお陰で私も子供達も、彼の変わらぬ愛情が感じられたいい日になった。

 

向こうの世界ではそれほど自由が効くものなのか、それともその都度神様にお願いするのか、とふと考え、私達のためにと神様に頼み込んでいる姿が思い浮かんでおかしかった。

 

ありがとう。

 

2年

大切な家族を亡くして早二年。

あの日は朝から冷たい雨が降っていた。

彼はよく「僕は雨を呼べる。」と言っていた。

だから、きっとさよならを言っているんだなと思った。

 

桜の開花の知らせを聞くこの季節。

薄暗く寒い日々が過ぎて、花も鳥も虫も一気に目覚めるこの季節。

外は明るく花々に彩られた景色は広がるけれど、彼を思って寂しさが募る。

 

一緒に歩いた道。交わした会話。つないだ手の温もり。笑顔。

夢の中で会う彼はようやく元気な頃の姿を取り戻してきた。この間などは電子辞書が見つからないと探していたから、向こうの世界でも変わらずに好きな勉強を続けているのだと思って慰められた。

 

庭に出て、目を空に向けると、ポツリポツリと雨が落ちた。

今朝の雨はあの日の様に冷たくなくて、涙がこぼれた。

 



フランス語の先生

中古で買った家。私とほぼ同い年である事は以前書いた。

色々ガタがきています。特に水回り。人間でいえば胃腸あたりか…。

半世紀も生きてくると、暴飲暴食はできなくなるもんね。

 

つい数か月前に盛大に水漏れし修理したばかりだが、ここへ来てまた別の所から水漏れ。ポトリポトリと車庫の天井から雫が落ちていた。

 

yamatopiece.hatenablog.com

 

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少々うんざり気味に、配管工の方を呼んで見てもらったところ

「いやぁ、見える所からの水漏れはないねぇ。こりゃ、壁の中だな。」との事。

頭の中で大工事の様子が再生されゾッとした。

「手あたり次第壁壊すわけにもいかないから、まずは保険屋に連絡する事だね。」

そう言って配管工さんは帰って行った。

 

保険屋…。電話…。フランス語…。

『できるだろうか…。』

トラブル時に自分を信じられない心許なさよ。

ここぞとばかりに真っ先にご近所さんにSOSの電話を掛けたが、残念ながら応答なし。

 

チッ…。

 

車庫の天井から滴り続ける水をもう一度見上げて、待つ余裕はない事を再確認し、意を決して保険屋さんの電話番号を回した(←昭和か!)。

 

「もしもし…あのぉ、車庫の天井から水漏れしてるんですが。」

「〇x&%*の報告ですか?」

最初の一言から分からなかった。焦って冷や汗が滲む。

「えっと…配管工さんに見てもらったんですが…、あのぉ、原因は壁の中だろうって言われまして…。保険会社に電話して下さいって。」

「〇x&%*ですね。担当に繋ぎますのでそのままお待ちください。」

ポップな音楽に切り替わって待たされている間、保険の填補範囲を確認していると「dégâts」の文字が目に入った。

瞬時に閃いた。

「あー、これ!そっか、さっきの『被害の報告ですか』、って聞かれたんだ!」

 

おかげで、担当者が電話に出た時には、涼しい声で

「あの水漏れの『被害』を報告したいんですが…。」という事ができた。

二度目とあって『被害』の状況説明も流暢にできた。

 

これが先月20日の事。

 

そして数日後保険屋さんが派遣してくれた水漏れ発見調査員が原因を突き止め、報告書にまとめてくれて、配管工さんに臨時の修理をしてもらった。そして昨日、ようやく本工事が始まった。

1カ月…。短かいととるか、長いととるか、これは国民性、文化圏、そして人格によっても左右される。

 

が、この1カ月、私の、保険屋さんと配管工さんと水漏れ発見調査員さんとの間で交わされるフランス語は、著しく上達した。

 

外国語の一番の先生、それはトラブル対処。

そしてそのトラブルは大きいほど効果がある事が経験から証明されている事をここに記しておく。

 

yamatopiece.hatenablog.com

 

 

ヌクヌクダラダラの季節は終わりか

春。

長い冬眠を経て巣から這い出す虫や動物。芽吹く草木。

年を重ねてくると、自然の摂理に左右されやすくなってきた。

 

冬の間は、やれ寒いとかやれ暗いとか言って買い物以外はほとんど籠りっぱなしだった。家籠りは好きだから軽い家事をして仕事をして子供たちの世話をしているうちに時間は過ぎ、日は過ぎ、月は過ぎていった。

 

でも先月の下旬辺りから妙にソワソワし始めた。いつもの様にただヌクヌクしてただダラダラするのを楽しめなくなってきた。何かしなくちゃ、という焦りにも似た思いが抑えられない。

 

春。

日の出が早くなり、朝食の準備をしているとお日様が上がってくる様になった。天気のいい日には東向きのリビングの窓から綺麗な朝焼けが見える様になり、冬の間は暖を逃さない様に所々閉めっぱなしにしていた雨戸を、先日全開にした。眩しい太陽の下、色々薄目で見えないふりをしてきたホコリやクモの巣がここそこに見える。

ぐりとぐらの大掃除を思い出す。

そろそろか。

 

春。

庭にも色とりどりのプリムローズが咲き始め、何年も前に母に持たせて貰った水仙も満開。でもせっかくの春の花々が、秋冬に掃除を怠ったせいで落ち葉に埋もれてしまっている。ふと見ると溝にも大分落ち葉が溜まっている。

 

日曜の朝、外は薄曇りで何なら少し霧雨も降っている。

でも、もう3月。それほど寒くはない。

朝食を済ませて、掃除機をかける。久しぶりにヘッドをノズルに付け替えて、狭い場所に溜まっていたホコリや天井の隅っこのクモの巣も退治した。

 

続いて庭へ。

車庫から久しぶりに熊手を引っ張り出し落ち葉をかき集め、伸びすぎた細かい枝を切って、ゴミ袋二袋一杯にした。

 

ようやく引き上げてくると子供達が「お昼は何?」、と聞いてきた。

時間を見ると12時過ぎ。もうこんな時間か…。

 

ツナサンドを作っていると、萎び始めた林檎が目に入った。

子供達がサンドイッチを食べてる間、自分はと言えば、居ても立っても居られなくて思わず小麦粉とバターを取り出し林檎ケーキまで焼いてしまった。

 

おやつを食べて、娘のジーンズの裾上げをして、少しリラックス。

よく立ち働いた日の午後はまったりする時間も勝ち取った様で少し誇らしい。

 

春のソワソワに慣れてしまわない内に、あれこれできたらいい。

 

顔の向き

ある方のお話をちょっとお裾分け~。

 

気持ちと姿勢って色々影響し合ってるんだよ。やる気が出ない時なんか、自分を責めたり、原因を探したくなるけど実の所は案外「顔の向き」なんていう簡単に正せる事だったりするかもしれない、って話なんだけどね。

 

例えば、「面倒」って言うじゃない。漢字を見ると面が倒れるって書く。

「あ~、面倒くさいなぁ。」、と思ったらさ、自分の姿勢を見てみるといい。背中が丸まって顔が俯きがちになってないかな、って。まぁ、面倒だと思っているから俯くのか、俯くからやる気が出ないのかは分からんがね。

 

ただ、その反対に背筋が伸びて顔が上がると明かりが当たって顔が白く見える。それが「面白い」って事さ。姿勢を正すだけで、視線が上がって、見え方が変わって、目に映る物がいつもと違って興味深く思えるようになるかもしれないって事。

 

面倒だと思っていたとしても、ちょっと顔を上げるだけで、何か興味を引く物が見つかるとしたら、そんなに簡単な事はない。

 

労力もお金もかからないんだから、騙されたと思って試すといい。

で、結果がどうであれ、試した自分の中には変わりたい自分がいるって証拠だから、それだけでもめっけもん。だろ?