手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

「当たり前」という奇跡

予定は未定。冗談ではなく、フランスに住んでいると日々実感させられるこの言葉。

 

日本でもアメリカでも、予定や約束事はカレンダーに書き込んだ瞬間から、ほぼ事実扱いでした。例えば「4月20日の午前10時から11時の間に冷蔵庫の配達」とあれば、その時間帯に在宅していれば、何の問題もないという想定で行動するのが当たり前。

 

しかし、おフランスでは、そうは問屋が卸しません。

雨が降る事もあれば、風が吹く事もある。そして、信じられない位のいい天気で、仕事がしたくない事だってある。

担当者のお腹が痛くなる事もあれば、事務所の鍵を持っている人が遅れて出社してくる事もある。そして、約束していた人が他の人に引き継ぐのを忘れ、当日欠勤し、誰も約束について知らない事さえある。

 

そう。ここ、おフランスは、あたかも、人々の行動が占いや空模様に左右されていた彼の昔の様。あの方角は吉だけど、その方角は凶。今日の何時から何時までは外出は控えた方がよろしい。昨日の夜空に何やら不吉な事が起こるらしき予兆があったから、念のため今日の予定は全て遅らせて、まずはお祓いを…等々。とにかく、その日の状況によっては、予定も約束事も後回しにされてしまいます。ただ、大抵の人がこの調子なので、みんな、予定に多少の変更があっても、全て想定範囲内。「そんな事もあるよね。」で済ませてしまえる寛大さがあるのが利点と言えば利点です。

 

 

何かうまく行かない事がある時や予期せぬ困難が降りかかる時にフラン人がよく口にする言葉は「C’est la vie.」人生ってこんなもんよね。「C’est compliqué」何か色々大変よね。「C(e n)’est pas grave.」大したことないよ。「Tant pis」仕方ないよね。

 

一見、諦めちゃってるようなこれらの言葉ですが、この裏には何事も受け入れる準備のある心構えがあります(もちろん、そのまた裏には、わたし・ぼくにもよくある事だから、その時は許してくれるよね~。という甘えの様な気持ちも存在するのかと思いますが…。)

 

そして、最初は「何で?どうして?何があったの~っ!!」と、事ある毎にパニクってしまっていた、「合理的・効率的な物事の運び方」が当たり前の世の中で生きてきた私のような移民も、度重なるトラブルに慣れてくると、徐々にトラブルをトラブルとも感知しない寛容な気持ちも身に付き、逆にスムーズに物事が進む事に奇跡を感じ、感謝できるようになります。

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先日、待ちに待った息子の治療開始日でした。

前夜に家を出る所から予約当日までの行程を細かいところまで準備しておいたお陰で、私たちは無事予約時間の30分前に病院に到着しました。受付も済ませ、余裕を持って病室に入り、事前の血液検査も時間通りに行われました。ここまで、何のトラブルもなかった事に、私も夫も驚き、感謝~。

 

麻酔クリームを背中に塗ってもらい、1時間後には投薬ですよと言われました。いよいよか、と期待も膨らみ始めました。予定より少し遅れて現れたのはお医者さんではなく理学療法士の先生。薬の効果を調べるために、投薬前の筋力を見ておきたいとの事。息子はその日朝から何も食べておらず、睡眠不足もあって、治療前の標準的な状態とは言えないのでは…という疑問もありましたが、それでも比較のためのデータはあった方がいいという事で、息子はリハビリルームへ移動し、指示通りに身体のあちこちを出来る範囲で動かしました。所要時間約45分。

 

病室に戻り暫くすると、当初の予定を2時間ほど押して、ようやく担当のお医者さんが現れました。にこやかに挨拶を交わすと簡単に投薬の手順の説明を受けました。

「まずは脊髄に針を刺し、髄液を少し抜き取り、抜き取った髄液と同量の薬を注入します。髄液を抜くと、その副作用で頭痛がする事がありますが、ちゃんとモニターしますし、痛み止めもあるので心配しないで下さい。投薬は問題がなければ15分位で済みます。」

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説明が終わると、2人の看護婦さんと麻酔担当のお医者さんと一緒に動き始め、あれよあれよという間に投薬準備完了。私は病室に残り、一部始終を見守る事に。

まずはお医者さんが背中に触れ、注射に最適な場所を慎重に探します。場所を決めると入念に消毒を済ませ、そこへ10センチもあろうかという長い針がゆっくりと刺し込まれました。

「うまくいきますように!」祈りと共に、息をするのも忘れて凝視していると、お医者さんがちょっと首をかしげました。

『問題かな…』ちょっと嫌な予感がしました。

 

差し込んだ針を少し回したり、前後に動かしたりしていましたが、どうもうまくいかなかったようで、針は早々に抜き取られました。何やら看護婦さんと言葉を交わした後、再度挑戦。

 

2度目…そして3度目。

息子は長い針が背中に入る度に痛そうにしています。お医者さんの表情はだんだん厳しくなっていき、何と4度目もうまくいかず。

 

心配顔の私を見てか、お医者さんから「背骨と背骨の隙間がせまいようで、針が脊髄まで到達しない。」と説明がありました。何となく諦めの雰囲気を漂わせるお医者さんに、内心『もしかして、投薬は無理って言いたいの!?頼むから、簡単に諦めないで!』と、焦った私は、事前に色々な投薬方法について読んでいたので「アメリカではCTスキャンを使って投薬するって話も聞いた事あるんですけど…」と遠慮がちに言いました。

 

医療関係者でも何でもない人間が治療法に口出しするのはどうかと一瞬不安が過ぎりましたが、私の話を聞くと、お医者さんは表情を少し明るくして「そうですね。それも可能ですね。」との反応!お医者さんは看護婦さんとレントゲン室との連携に関して少し相談した後、「今日、これからは無理ですが、次回の予約日に手配できるよう努力しますね」との事。一瞬暗くなった目の前に、ホッとまた明かりが灯りました。

 

そして、「最後にもう一回だけ、挑戦するね。」と息子に声をかけ、5度目の挑戦。私は、もう一度心の中で成功を祈りましたが、やはりうまく行かず、息子の背中に5カ所の注射針の後を残して針は抜き取られました。

 

お医者さんは、「すみません。やっぱりうまく行きませんでした。」と、申し訳なさそうに謝罪。『背骨の隙間が狭いのはお医者さんのせいではないのに』と、お互い申し訳ない気持ちを困った笑顔で優しく分かち合いました。そして果敢に痛みに耐えた息子にも「時々こういう事もあるのよ。〇〇君だけじゃないのよ。とくに側弯があったり、背骨の手術をしたりしている患者さんには投薬ができない事もあるの。」と説明し、「でも今度はスキャンを使ってやってみるからね。」と次回への希望を繋いでくれました。

 

という訳で、残念ながら今回待ち望んだ奇跡は起こりませんでしたが、もう一度チャンスが与えられただけでも「良し」とします。

 

次回の予約日はまだはっきりしておらず、また連絡待ちですが、待たねばならぬ時は待つのみ。春の陽気を楽しみながら、健康に気を付けて、次回に備えます。

 

息子よ。痛いのに何度も頑張ってよく耐えたね。母は代わってあげられない。ただ祈る事しかできない。次回こそは奇跡が起こりますように、と。

 

そして最後に、日々分刻みで奮闘している日本の働く皆さんは、毎分毎秒奇跡を起こしています。まさに神業です!だから、時々、奇跡が起こらなくても、イライラしたり、トゲトゲしたり、ギスギスしたりしないで下さい。神業を習得しても、人間は人間。誰でもお腹が痛くなる事はあるんですから。

手に冷や汗握るフランス語会話

先日、ドキドキしながら電話をした時の事。

いや、その前にちょっとした電話でさえも、それがいかにストレスかを、ご理解いただきたい。

フランス語の上達に呆れるほど時間がかかっている私。移住して5年も経つというのに、下手なフランス語が原因で3日とおかず冷や汗をかく日々。何と言ってもストレスの筆頭となるのは、やはり予期せぬ事が起こり易く、ごまかしがきかない電話。

ネットが普及している現在、毎日コンピュータを使っている世代の人は、案外電話に頼る事は少ないように思います。アメリカに住んでいる頃などは、ほとんどの連絡はメールやメッセージアプリで済ませられてしまい、緊急を要する時以外、電話を使う事など滅多にありませんでした。なので、電話は友だちや家族との楽しい時間に限られていました。

しかし、ここおフランスは、とにかく皆電話好き。ネットのサイトにいっても連絡先は電話番号のみという事が多々ありますし、メールのアイコンがあっても絵を貼り付けているだけでリンク先がなくクリックできない事もしばしば。お世話になっているご近所さんに何か尋ねてもアドバイスはいつも「電話してみたら?」…。

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という訳で、電話は避けられません。病院はもちろん、あらゆるアポは電話でとります。メールをしても、とにかく電話で確認。一昔前の「ファックス送りましたが、届きましたか?」みたいな事がまだ日常なわけです。なので、こちらも掛けなければいけないし、携帯もよく鳴ります。そして、その度にイヤな汗をかくわけです。

 

そして、本題。

数週間前、運転中に追突され、バンパーとバックライトが損傷しました。でも対面でできる事故後の手続きなどは問題なく進み、修理工による点検も済み、あとは指定の日に車を持って行って修理をしてもらうだけの段階になり一安心。

ところが、修理日をお知らせしますと言われてから数週間、待てど暮らせど、ガレージから一向に音沙汰無し。電話は苦手なので、躊躇していましたが、やはり安全性を考えるといつまでも放置しておくわけにもいかず、先週、意を決して電話をしました。

すると、電話口に出た修理工のおじちゃん(とは言っても私と同世代か…)が、何の変哲もないご挨拶。「Bonjour, madame.  Vous allez bien?-ボンジュール、マダム。ヴザレ ビヤン?-こんちは奥さん。お元気ですか?」そう。誰もが毎日何度となく口にする挨拶言葉。

でも、その声を聞いた瞬間、思わず頬がほころびました!

いや、おじちゃんの声が渋いとか、甘いとか、セクシーとかそういうんじゃないんです。

こう、なんというか、優しい気持ちと笑顔が乗った声とでもいいましょうか…とにかく、こちらの苦手意識で強張った心と肩からフッと力が抜けて安心できるような、そんな素敵な声と話し方だったわけです。

結局、部品が予定通りに届いてなくて、いつ納品されるかも定かじゃないので、もう少し待って、という内容の会話で、何の実りもない電話でしたが、「電話して良かった」と思えた初めての経験でした。

声一つ、話し方一つで、こんなにも相手の気持ちを和ませられるとは!おじちゃん、凄い!

 

私は、どうにもお喋りが過ぎる傾向があり、いつも反省しきりではありますが、これからは、雑にワーワーまくし立てるばかりじゃなく、相手の心をホッと緩める、思い遣りのある話し方心がけたいと思いました!

 

とは言っても、こちらの気持ちに余裕がないと細やかな心遣いは難しいよなぁ。

まずは話す時に文法と単語で頭が一杯になる状態を脱しなければ…。何事も努力あるのみ。

ユダヤ人のお爺ちゃん、息子と初対面?

さぁ、拙ブログをたまたま訪ねて下さった皆様のため、ちょっと笑えるロシアのアネクドート(小笑い話)…。はい、ちょっと偏見とか人種差別とか、政治批判とか癖のあるネタが多いのがロシアのアネクドートの特徴ですが、これはユダヤ人の方が教えてくれた話です。おかしい物はおかしいと認められる、おおらかさと自由な心に乾杯!

 

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ある日の昼下がり、モスクワのとあるバス停。若者一人とお爺ちゃんがバスを待っています。

 

若者はちょっと飛んだいで立ち。刈り上げた髪の右半分は緑で左半分は青く染めています。そして少し長めに残した頭上の髪は赤。服装も黄色を基調にしたちょっと派手めのコーデ。ちょっと背中の曲がったお爺ちゃん、さっきからずっとこの青年を見つめています。そして意識してるのかどうなのか、少しずつ青年に近づいてきています。

 

最初は、どうせちょっとの時間だからと、お爺ちゃん熱い視線が気になりながらも、気づかない振りをしていた青年。でもバスはいつもの如く遅れて、もうかれこれ20分以上もお爺ちゃんに目を逸らす事なく見つめられ、青年はどうにも我慢できなくなりお爺ちゃんに尋ねました。

「あの~ぅ、何でさっきから僕の事そんなにじっと見てるんですか?」

派手ないで立ちの割には、とても丁寧で感じのいい話し方。

 

お爺ちゃんは、話しかけられたのが余程嬉しかったのか、目はキラキラと、うっすら涙までためている様です。

「いや、申し訳ない…。実は若い頃、大好きなオウムがいてねぇ…。あの頃が一番幸せだったんだけどね。大好きなあの子と仲良く暮らしてねぇ。それが、ある日突然、わしにはな~んも言わんで、プイっとおらんようになってしもうてな…。」

お爺ちゃん、辛そうに俯くと、ポケットからハンカチを出して、鼻水をチーンとひとかみしました。

青年は話がどこへいくのか見えず、困惑顔。

お爺ちゃん、ハンカチを畳んでポケットにしまうと、背の高い青年を見上げました。

ちょっと照れ臭そうに笑いながら続けます。

「で、さっき、お前さんを見て、あの子の事を思い出したんだ。見れば見るほど、なんちゅうんか…色合いもよく似とるし…。もしかして、お前さん、わしの息子じゃないかと思ってな。」

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SPINRAZA™ (nusinersen)による治療開始が決定しました!

昨年11月、息子が意を決して担当のお医者さんにSpinrazaの治療を受けたいとの希望を伝えてから4カ月。待ちに待った治療開始日が決まりました!

  

 

 

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当初、クリスマス前後には始められるだろうとの話でしたが、年末に近づいても一向に連絡がなく、もしや大量の書類の中に埋もれて忘れられてしまったのではないかと心配は募るばかり…。

いつもは脳天気でそうそう不安になったりしないのですが、昨年末から悪い事が続いていて、少し気弱になっている自分に気が付いていました。

 

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いつもの自分を取り戻すべく、3週間程前に子供達の学校がある街の教会へと足を運びました。教会は修理中で少し騒々しく、入ろうかどうか一瞬迷いましたが、行きたいと思った日が一番いい日と自分に言い聞かせて中へ。ゆっくりと祭壇の方へ歩いていくと、女性が一人静かに座っているのが見えました。自分の姿が映るようで、元気づけられました。まずは、教会内を静かに歩き、チャペル(小さな祭壇)を拝し、2本のキャンドルに火をともしてから、椅子に座りました。それから、心を落ち着けて、家族の健康の事、息子の治療の事、日本の両親の事、それから何よりも穏やかな日々が戻ってほしい事などについて祈りました。

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「日本人が、教会で祈り?」と不思議に思われる方もいるかと思いますが、実は私、クリスチャン家庭に育ちました。「信心深い」とは口が裂けても言えませんが、教会という場所で祈る事に抵抗はありません。

人間、幸せにはすぐに慣れてしまって、当たり前すぎる穏やかな日常が、いかにありがたい事かを忘れがちです。でも、人生順風満帆な時ばかりではありませんよね。不運に見舞われる時、不安に心が騒めく時、窮地に立たされる時、自分の無力さを思い知り、人は神社やお寺など、一番自分の心に近い場所へ行って願を懸けます。

私にとって、その場所は昔も今も教会です。その点、フランスではどこの街にも必ず教会があるので、苦労はありません。

普段は感謝の一つもしないで、「苦しい時の神だより」。こんな自分よがりな祈りや願いが聞き入れられるかどうかという心配も無きにしもあらずですが、ここは他力本願。全ての人々の幸せを願う慈悲深い「神様」(仏教では「阿弥陀如来」、神道ではどの神様にあたるんでしょう?)の力に甘えるのです。

そうして15分程静かに祈った後、教会を後にしたわけですが、不安で塞いでいた心に風が通り、少し肩の荷が下りた感じがして、気持ちも前向きになった気がしました。弱気になっている時に行くからか、教会へ行く度に心が洗われる実感があります。

あれから3週間経ちますが、今のところ、更なる不運には見舞われず、息子の治療の日程を知らせる通知が届き、何となく明るい明日が見えてきたような…?

また心に埃が溜まって、気持ちが淀み始める前に、近々教会にお礼に行ってこようと思います!

 

All I know is that when I pray, coincidences happen; and when I don't pray, they don't happen. 

私が知っているのは、ただ、偶然は祈る時には起こるけど、祈らない時には起こらないという事だけ。— Dan Hayes

バンクシー??

新作が見つかる度に話題をさらう覆面画家バンクシー

メッセージ性が強い物から、イタズラ心溢れる物まで、落書きのレベルを完全に超えた世界中に多くのファンをもつアーティストですよね。

 

先日、春を感じさせるいいお天気の中、プラプラ歩いていると歩道脇の壁に見つけたこの落書き。「いいねぇ、バンクシーっぽい!!」と思わず写真に収めました。

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世界のどこかで、自分とは全く接点の無い誰かをワクワクさせたりドキドキさせたり、やっぱりアートの力はすごい。有名なギャラリーなどで高価に売買される作品や、美術館で大切に展示保管されている傑作とされる作品もいいですが、風雨にさらされて放っておけば自然と消えてしまい、道行く人が触っても、上から落書きを足されても、オーナーが怒って翌日には白塗りで消されてしまっても全然平気という、無防備で執着心も無い分、何にも縛られない自由な創作には批評家やパトロンの意見に左右されない、アーティストの気持ちがストレートに表現されているようで、とても素敵。もちろん、みんな生活していかなければいけないので、億万長者でもない限りバンクシーさんも稼ぐための仕事をしている事と思います。でも、これからも落書きアートを続けてほしい!っ誰が何と言おうと「好きな自分でいる事がカッコイイ」のお手本だから。

 

昨日、娘がネットで見つけた性格診断の質問表から私に聞いてきた質問。

「あなたは、今、夢に見てきた憧れの仕事をしていますか?」

日本語を教える事は、大変ですが、好きです。フランスという異国の地で、教える事が出来ている事はとても幸せです。

でも、それが「憧れの仕事」か、と言われると、即答できませんでした。

 …私の憧れは演劇。でも、演劇が仕事になると考えた事はありませんでした。憧れを仕事に…?今からでも、できる事はあるだろうか…

踏んだり蹴ったり

昨年末あたりから悪運続きです。

12月、息子の高校の先生と面談があったため、よく駐車しているフォンテーヌブローの森のハイキングコース入口脇に車を停めました。1時間後、車に戻ってみると、何と運転席側の窓ガラスが割られて、座席には砕けたガラスが散乱しているではありませんか!周りは他にも多くの車が駐車されているのに、被害を受けたのはうちの車だけ。車内には貴重品など何もなかったため、幸い盗まれた物はありませんでしたが、下手くそなフランス語での警察への被害届や保険会社への連絡、修理などは時間もかかり大変でした…。

そして新年を迎えて数日後、突然の停電に見舞われました。

外を見ると、ご近所さんの窓にも、街灯にも電気はついているので、問題は我が家にあり。分かる範囲で色々調べてみたものの、原因不明で、その日は寒いのを我慢して就寝。翌日電気屋さんにみてもらったところ、ブレーカー上部の配線部の部品が全部焦げて溶けてしまっていた事が判明。「いやぁ、火事にならなくって良かったねぇ。危ないとこだったよ」と言われました。でも必要な部品の在庫が無いとの事で、修理は翌日へ。「停電だけですんで、良かった~」とは思ったものの、真冬で外は氷点下。我が家はオール電化なので、暖房無し、暖かい食べ物も飲み物も無し。あ~電気無しの生活の不便さよと心で嘆いていると、ここで息子が一言。「エジソンは偉い人だったんだね。尊敬するよ。」ちびまる子ちゃんの歌にありましたねぇ、そんな歌詞。それでも、翌日、電気屋さんはちゃんと時間通りに来てくれて、修理も無事完了。

そして、暖かい家のある幸せをかみしめていたその週末、今度は地下の配管からぽたぽたと水漏れ。

見に来てもらった配管工の方は、詰まりが原因だと思われるが、通常はあちこちにあるはずの点検兼掃除口がなく、どこが詰まっているのか分からないとの事。本来であれば、ジェット洗浄で全部綺麗にしたいところだが、配管が古く、ジェットの勢いに配管が耐えられない可能性があるのでそれは無理との事…。仕方がないので、排水口に薬品を流し込んで、詰まりが解消される事を祈りましょうと言われる始末…。結果、幸い水漏れは止まり、今後の心配はあるものの、一難去ったと一安心。

何だか、新年早々、色々あるなぁ、と不審に思い始めた矢先の1月末、主人が病院帰りの運転中に、突然タイヤが破裂。そのせいで、右前方の車体が地面を強く打ちつけ、大きく破損。こちらは保険会社に連絡したものの自己負担の修理費用が嵩むため、すぐには修理できず、現在も放置中。これで我が家の車は一台のみに。

そして、2月。インフルエンザにかかり、私と子供達はつらい2週間を過ごしました。

 

これで数年分の不運は使いきったか、と気持ちを前向きにかじ取りしようとしていた先週の木曜日、歩行者が横断歩道を渡るのを待って一時停車していた所、ガツンッ!…追突されました。加害者の青年は頭を抱え、「今日修理終わったばかりなのに…」とその場でかがみ込んでしまいました。私も不運続きだけど、君もそうだったんだね、と何だか同情してしまいました。

みなさん、負のエネルギーって、磁石と違って、しりぞけ合わないで引き付け合うようです。

でも、トラブルがある毎に必ず親切な方が助けてくれるのも事実です。私の場合はご近所のおばあちゃまが強い味方。そして、インド人の青年は、3週間前に事故を起こした時の被害者のフランス人の男性がお友達になり、今回の事故後の手続きも手伝ってくれました。私も彼も外国人。こういう時、色々知っているフランス人が親身になってくれると、ありがたい事この上ありません。

外国で生活していると、自分が弱者である事を日々思い知らされます。でも、何処に住んでいても一人で生きていける人はいませんよね。困った時はお互い様。助け合いの心を忘れずに毎日大切に暮らしていけば、自分がトラブルに巻き込まれた時には助けてくれる人が必ず現れるという事でしょうか。

そう、「情けは人の為ならず」です。

自分が健康で、日々の暮らしにも困っていない、余裕のある時にこそ、周りに気を配りたいものです。全ての困難は他人事と思って暮らしていると、自分が困った時の周囲の態度は以前の自分を鏡に映すように「他人事」になってしまうのではないかと思います。

私はフランス語も下手ですし、ここでは誰かの役に立てる事は殆どありません。それでも、ご近所さん、知り合い、お友達に困っているような人がいたら、まずは声をかけてあげたい。「Ça va?ー大丈夫?」

 

それにしても、負のエネルギーが負のエネルギーを引き付ける時、掛け算でプラスになってくれるんでしょうか?案外足し算でもっと-側に引っ張られるんだったりして…。ひゃ~!

 

とにかく悪い事ばかりがそうそう続く事はないと信じて今日も頑張るしかないですな。

 

Good luck has its storms.

幸運には嵐がつきものさ。  ーGeorge Lucasf:id:yamatopiece:20190303213043j:image

よい気を運んでおくれ~。玄関先に小さい蘭の鉢植え飾りました。

インフルエンザ

しばらく、病気らしい病気はしていませんでした。

頭痛や腹痛などは時々あって、貧血からくる倦怠感などもありはしますが、家族全員が風邪で寝込んでしまう事態が発生しても、なぜか私には移りません。

バカは風邪ひかないといいますが、それよりも、「美人薄命」という、美しさ特有の儚さや繊細さに欠けているのが思い知らされるようで、曲がりなりにも女性として生まれてきたのに「きれい」には程遠い自分がちょっと可哀想でした。

でも、今冬、なんと十数年ぶり位にインフルエンザにかかりました。

発症から、2日間食事も喉を通らず、唯一口にできたのはミカンとお茶。お買い得みかんが、あんなに美味しいとは!

節々がきしみ、寝返りするのさえもアチコチが痛く、知らず知らずの内にう~っ、う~っと苦し気な声が漏れていたようで、家族には心配かけました。それでも、4日目、ようやく熱が37度台まで下がり、これで無事回復か、と思いきや、今度は咳が出始め、熱とはまた違う苦しみが…。咳は体力消耗します。

とにかく家族に移さないように、出来る限り自らを寝室に隔離していましたが、そうそう寝てばっかりもいられません。だって、何か食べなくては治るものも治りません…。おかゆさんが食べたい…。でも、フランスの田舎町ではそんなもの手に入りません。主人はと言えば、幸か不幸かちゃんとした料理をした事がなくここまできたので、作れるものは目玉焼きかゆで卵。パンに物をはさむ位はできますが、病み上がり、サンドイッチを食べる気にもならず。

という訳で食べたければ自分で作るしかないんです。これが、また辛い。十分に食べられていなかった上、咳のせいで体力も奪われ、微熱もある状態ではフラフラして立っていられないんですから。簡単な物を作るために15分キッチンにいる間もタオルを片手に(フランスではマスクの習慣はなく、なかなか見つかりません)、子供たちには半径2m以内に近づかいないように気を付けていましたが、ウイルスは目に見えません。そしていつ何が感染源になったのか、私が発症してから3日後、息子が熱を出し、それから2日後、娘が熱を出し、家庭でもインフルエンザ菌が蔓延するはめに…。

おとなしく、寝ておけばよかった、と後悔するも、後の祭りです。

おかげで、我が家は約2週間、機能不全に陥りました。これで、主人の誕生日のお祝いも満足にできず、可哀想な事をしました。

 

これで分かりました。

バカでもいい。ブスでもいい。健康第一です。

 

日本はインフルエンザのピークは過ぎたと聞きました。

でも、まだまだ寒さが厳しい如月。

皆さんも暖かくして、健康にはくれぐれもお気を付け下さいませ。f:id:yamatopiece:20190212180150j:image