少し春めいてきましたね。手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

RG7916

現在、SMA2型、3型の患者さんを対象に行われている臨床試験の第2フェーズにあるRG7916の経過報告が、去る10月3日に発表されました。この薬品は米国のPTCセラピューティックス社、スイスのRoche社、そしてSMAファンデーションが協力して研究開発が進められてきた内服薬です。

www.prnewswire.com

報告によると、被験者は試験中の全ての用量において、SMN蛋白の増加がみられ、中央値に当たる患者さんで2.5倍の増加があったとの事です。

 

この臨床試験はサンフィッシュ(SUNFISH)と呼ばれ、SMA2型と3型の患者さんを対象に2段階で行われるます。第一段階では新薬の安全性、、効能、及び数種類の用量における薬剤プロファイルが調査されます。RG7916は飲み薬で、現段階での被験者は歩行可能な方やそうでない方もいらっしゃる様です。

第二段階では150名の歩行不可能な患者さんを対象に第一段階の結果を踏まえた推奨用量が処方される予定との事です。

 

今回の報告内容は、この第一段階に参加し、28日以上治療を続けた被験者の結果です。初期分析の結果、試験中の全ての用量において、安全性が疑われる結果はなく、新薬がSMN蛋白の増加を促進している事が証明されました。

 

近く開始される予定の第二段階への被験者を現在、米国、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパの国々で募集しています。Sunfishと並行して1型の乳幼児の患者さんを対象としたファイヤーフィッシュ(Firefish)への参加者も募集している様です。

www.sma-europe.eu

一日も早く全ての患者さんが治療を受けられる日が来ますように。

今日も様々な国で研究、開発、試験に携わって下さっている方々に感謝しつつ、

時間を大切に過ごしていきます。

皆さんもいい一日が過ごせますように。

 

 

 

 

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目まぐるしく過ぎる時間。

行き先へとせっせと足を運び行きかう人。

容赦なく流されていってしまう事への恐れと焦り。

湧き出ては置き換わる感情。矛盾し葛藤する渦巻く思い、考え。

 

人の気持ちって、一見とても複雑なようですが、ここの所、実は心の深い所に、

自分でも知らない静かな湖面があるんじゃないだろうか、というような気がしています。

f:id:yamatopiece:20170905174206j:plainアヌシー湖、 Paul Cezanne1896

風のない穏やかな日の湖面は、周りの風景を映し出す鏡。

見る角度によっては映る物は変わりますが、そこにある物をあるがままに映し出す事ができて、時には直接見るよりもその美しい個性がより強調されて輝いて見える事さえあります。

心の底にある湖も、本来、物の本質を映し出す事ができるのだと思います。でもそれはあまりに深い所にあり過ぎて、雑木や雑草に埋もれてしまい、普段は何が写っているのか分からないだけなのだと。

でも、いつもは静かな湖面も、時として風に吹かれ波を起こしたり、何かがその表面に触れたように綺麗な波紋を広げたりします。そうすると映し出される像は揺れて見えなくなってしまいますが、波動は感じる事はできるので、返って気が付きやすくなります。

それが、感動するという事なのかもしれません。

 

先日、観光がてらに入った教会で、平日だというのに、ミサが開かれていました。

中央の祭壇を前に十数名ほどの信者の方々が集まり、神父さんと共に讃美歌を歌い、祈りをささげ、修道女の方が読み上げる聖句に耳を傾けていました。

ここの所、ヨーロッパは物騒で、観光客が集まる場所には物々しい警備が敷かれ、教会内に護衛官が配置されていました。フランスでは去年、神父さんがテロリストに殺害される事件も起こっているので、自然な事かもしれません。

この教会では正面に、「建造時より一日も欠かさず祈りが捧げられています。」との垂れ幕がかかっていました。

フランスでは、信者であるかないかに関らず、ミサに集う事は自由です。教会の扉もいつも解放されています。まさに、「来るもの拒まず」の精神。

 

この日、私も、ミサの末席に列席させてもらいました。

フランス語の聞き取りがまだまだなので、全て理解できたわけではありません。

聖書は読んだ事はありますが、隅々まで読み込んだわけでは無く、よく分かっているわけでもありません。

でも、信者の方々が神父さんと共に心を合わせて一心に祈っている姿は美しく、徐々に観光客の騒めきが聞こえなくなり、警備員の厳めしい眼差しも背景に溶けてしまいました。そして、ミサに集うみんなの思いがそよ風となって、私の心の湖面に届きました。

さざ波が生まれ、静かですが確かな動きを生み、グッと喉元へ迫り、そして目元に到達すると、涙となって流れました。

言葉はよく分からなくても、私の心は人の祈りの力を感じとったのだと思います。

 

人は辛い時や悲しい時、自分の力ではどうにもならない事に直面した時に、祈ります。

自分が弱いと感じる時にこそ、偉大な力に慈悲の心を求める気持ちが生まれるんでしょうか。

人が手を合わせて、自分の無力さに肩を落としながらも、奇跡を願って心から祈る時、やはりそこには大きな力が宿るのだと思います。

 

その力は人に感動を与えて、時には行動を起こさせる原動力になり、そして時には奇跡を起こす事になるのかもしれません。

 

偉大な力は、生きとし生ける物の根底にある力。

私の心の湖も、あなたの心の湖も、もしかしたら源泉は同じなのかもしれません。

 

皆さん、何か願い事はありますか。

祈りのパワー、信じて、祈ってみませんか。

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皆さんは、最近、泣ける事はありましたか?

大人になると、泣く事ってあまり無いですよね。

小さい子が泣く時は、痛い時、驚いた時、伝えたい事がうまく伝えられずもどかしい時、寂しい時、不安な時、欲しい物が手に入らない時などなど、色んな理由があります。泣く頻度も多く、日に何度も泣く事だってしばしば。

でも子供時代を終えて思春期を迎えると一気に泣く頻度が減ります。あの頃の涙は、悔し涙や、嬉し涙、感動の涙が多かったかな。そして体の成長と共に自分以外の人や話にも感情移入できるようになって、物語や映画に感動したり、人の話に同情して泣いたりもするようになります。

そして成人。まだまだ青かった20代の頃に流した涙と言えば…、泣いた記憶はあまりないけれど、思春期の頃とあまり変わらなかったような。恋愛はしましたが、出会いも分かれも極自然で、激しく泣いた覚えがありません…。そう言えば、若い頃はあまり悲しい事や思い悩む事、落ち込む事って殆どなかったなぁ。友達も家族も大抵は元気で明るかったし。

30代~40代と、「まだ若いから」と言っていられなくなった大人になってしまった今。結婚して、子供が生まれて…、考えて見ると、新しい家族ができてから流した涙は、自分のためだった事が殆どないように思います。自分の存在が、それまでは自分のためだけだったのが、妻になり、嫁になり、母になって、自分以外の人のためにも生きるようになったからでしょうか。

でも、自分の家族ができて、何よりも大きく変化したのは、初めて親を思う娘になった事。

私が当たり前のように家族に注ぐ愛情。それは、心を幸せで満たし、溢れ出ます。でも、その幸せは与える幸せであって、受ける幸せとは違います。今分かるのは、自分の事を無条件で愛してくれるのは、親以外には無いのではないか、という事。もちろん旦那も子供も私を必要としていて、それは甘えにも似ているけれど、確かに或る意味、愛着であり愛情だと思います。でも、それは、私を大切に思い、何の見返りが無くても、バカな事をしても、いつも心を尽くして思いやってくれる親の愛情とは違う。

父は80を過ぎており、母もついこの間75才になりました。

父は50代の頃から色々な病気をしたけれど、いいお医者さんのお陰で何度も命拾いをして、今は元気でいます。母は長年胃弱に困らせられていたけれど、ピロリ菌を退治してからは、随分元気になりました。

でも、二人とも高齢である事には変わりなく、永遠に生きられる命はない事を知っているからこそ、遠く離れて暮らす私としては年々心細さが増します。

私の事を手放しで愛し、いつも気に掛けてくれる両親の存在は、私にとって安心して甘えられる唯一の存在です。大きすぎるほどの心の支えです。

 

その二人が何と先日私たちを訪ねてフランスにやってきました!

英語はもちろんフランス語なんて片言も話せない高齢の両親が二人きりで長旅をするというので、私も兄姉妹もドキドキハラハラ。でも当の二人は大して心配している様子もなく、航空会社の方の助けを借りて悠々とフランスに到着!

 

でも、両親の側で楽しく過ごした10日間は、容赦なく過ぎ去り…、その間、親の愛情に包まれてすっかり娘に返った私は、両親を空港で見送った後、自宅までのバスの中、電車の中で、とめどなく流れる涙をどうする事もできませんでした。

久々の涙。大好きな両親との別れの切なさ、残される寂しさ、健康で長生きしてほしいとの願い。

でも、これでまた私の「娘である部分」は涙に潤され、愛で充填され、これからの妻であり母である私の元気と、やる気と、勇気の源となっていくのだと思います。

おかげで、今朝も早くから庭仕事できましたよ~。腰は痛いけど。

 

What can you do to promote world peace?

Go home and love your family.

世界平和のために私たちにもできる事って何かって?

家に帰って家族を愛しなさい。

― Mother Teresa マザー・テレサ

 

早く皆で日本に会いに行けるようにお金貯めなくっちゃ。

 

 

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SPINRAZA™ (nusinersen)が日本でも承認されました。

去る7月3日、先月のEUに続き、日本でもSpinrazaが承認されました。

www.biogen.co.jp

現時点では治療対象となる患者さんは乳児型SMA(1型)との事ですが、2型、3型についても審査中との事です。

 

また、7月4日には、カナダでも承認されました。こちらは5qSMAの患者さんにのみ投薬可能との事ですが、Biogen社によると、SMAの患者さんの95%が5qであるとの事です。

www.newswire.ca

Biogen社はすでにオーストラリア、ブラジル、スイスでも承認申請済みで、2017年度中にはその他の国でも申請がなされる予定との事です。

 

長年に渡る研究開発、試験に携わってきてくださった多くの関係者の方々とサポートがあっての今日です。

 

それらの皆さんの絶えない努力に感謝しつつ、治療法が早く見つかるよう心待ちにしていらした患者さんの一人でも多くが治療を受けられるようになり、1日も早く症状が軽減されますように。

 

脊髄注射にはリスクも伴いますが、注射嫌いの我が息子も、ようやく気持ちの準備ができ始めています。次回の診察の際には治療について相談したいと思っています。

 

これからが新たなステージです。何か進展があれば、どなたかの参考になる事を祈って、またお知らせします。

 

 

 

争い

小さな兄弟げんかに始まって、他愛もない夫婦喧嘩や友達との口論、知り合いとの諍いに、ライバルとの競争。地域間の紛争、異宗教間や外国との利権をかけた戦争…。

 

いつの世も生き残りをかけた戦いが絶えず繰り広げられている。

 

辛いのは、命を投げ出して戦う戦士たちは、敵味方に関わらず、何か守るべき大切な物があって戦っているという事。親、兄弟、家族、友達、恋人、母国、信条、信仰。自分の命を犠牲にしてまでも守りたいと思うもの。

 

大切な物のために、自分の命をも顧みず果敢に戦う。それは時に美しくさえ映る。

 

でも、対峙する敵の一人一人も、多くの場合、守るべき物を心に覚悟を決めて戦いの場にいる。それは言うなれば鏡に映るもう一人の自分。

f:id:yamatopiece:20170618184744j:plain何持ってるの?by Yamato piece

 

美しい自己犠牲心を鎧で固め、信じる旗の下、肩に重い武器を担ぎ、狙いを定める時、もう一人の自分が全く同じ気持ちで自分を狙っているのである。

 

戦士の尊ばれるべきその崇高な自己犠牲に基づく愛と勇気は、自分の目の前に立つ敵が、色違いの鎧を付けただけの、模様の違う旗の下に立つ自分自身である事を気づかないという悲しい愚かさによって、また取り返しのつかない悲劇を生む。

 

人は誰でも、愚かで、美しく、愛し、愛されるべきもの。

皆、不器用ながらも懸命に生きている。

 

私も、あなたも、そしてこの人も、あの人も。

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SMA1~3型のための新薬SpinrazaがEUでも承認されました。

2016年12月23日にアメリカで承認された新薬Spinrazaが、約半年後の2017年6月1日、EU(欧州連合)でも承認されました。

 

www.biogen.com

これから保険会社や医療機関などとの調整を経て徐々に治療が始まっていく事になります。

世界に先駆けて治療が始まった米国では、現在投薬治療が可能な医療機関は28州、58機関と増えてはいるものの、1年目に必要な6回の投薬にかかる費用が莫大である事と($125,000X6=$750,000)、一つの医療機関で対応できる治療回数がまだまだ限られている事が基で(医療機関一カ所で受け入れられる患者さんの数は25人から50人)、治療を希望する患者さんが全て治療を受けられている状況ではありません。

保険会社にとっても多額の出費となるためどの患者さんの治療費を補償するか判断せざるを得ず、医療機関の方も誰を先に受け入れるか苦渋の決断を迫られている状況のようです。

 

smanewstoday.com

しかし、遠い道のりもまずは最初の一歩から。

新薬開発に費やされた長い年月と多くの方々の理解、協力、努力があったからこそ、これまで何の治療法も無かった難病SMAにもようやく希望の光が見えてきました。

ここまでも一歩一歩、険しい道を歩んで来てくださった方々がいます。

 

SMA3型を患う息子は無事14才になりました。診断を受けて10年。

成長が早い方だったので身長もすでに175cmもあります。

思春期前の小さい軽い体でできていた事も、大きくなった今では難しくなりつつあります。

 

本人も、私たち家族も、不安や心配は色々ありますが、これまで多くの方々に支えられて、家族みんなで助け合って楽しく生活できてきた事に感謝しながら…

これからも今までと同じように、焦らず、希望を持って、

日々の幸せを大切にしながら一歩一歩、進んでいくのみです。

 

今日も、皆さんの一日がいい日でありますように。

自然の一部であるという事

人間は文明の発展と共に、自分も自然の一部に過ぎないという事を忘れてしまった様だ。

忘れてしまった…、

いや意識には無いだけで、

自覚できないだけで、

本当のところは、脳も体も自然に戻りたがっている気がする。

 

特にここの所、自然の美しさ雄大さに心動かされる頻度が増えています。

つい数年前までは、やるべき事、解決すべき問題に埋もれてしまい、

あふれる情報に神経がとがり、

人間が次々に生み出すものに心奪われ、

人間同士の関係にとらわれ過ぎていたように思います。

 

でも、フランスへ移住して、

ついつい無駄にしてしまうほど

自由な時間が増えてからは、

本能が求める物がはっきりしてきたように感じます。

 

春、芽吹く草木を見て生命の逞しさを感じ、

咲く花を見て心が和み、鳥の囀りを聞いて気持ちが透き通ってくる。

初夏、日に日に濃くなる緑が眩しく汗ばむような陽気の中、

木陰のヒンヤリとした空気を深く呼吸すると、身も心も自然の一部だというのが実感できます。

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何百年も、殆ど変わることなく鎮座する岩を見て、

樹齢何年かも分からない大きな木を見上げ、

数日で花を終わらせる草花を足元に愛で、

虫や鳥や小さな動物の命に思いを馳せると、

人間もただの生き物なんだなと思います。

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他の生き物と違うのは、考える力、

新しい物を生み出す技術、

そして思い悩む心。

 

きっと弱いが上に、種を存続させるために必要となった特性なんでしょうね。

繁殖力はそれほど突出しておらず、独り立ちできるまでの時間は長く、力もそれほど強くなく、自分を守るための固い甲羅もなければ、戦うための鋭い牙も爪もありません。

だから、問題に直面した時や辛い体験をした時に、悩みながらも、考えて、そこを乗り越える術を見つけ出す特別な力が与えられたのかな、と思います。

 

その他の生物から見れば魔法のような力を使って、人類は今も増え続けています。今や世界人口70億以上。

 

でも、この時代、解決すべき問題がとにかく多くて、中には長年解決できずに放置され肥大化しすぎて手の付けられない物もあります。

自分の毎日の生活には大小の問題があり、自分を取り巻く人それぞれにも問題があり、みんなが暮らす社会にも問題があり、日本に、世界に、地球に問題がある…。

これじゃ、二進も三進も行きません。

閉塞感…。

 

そんな行き詰まりを感じた時、日ごろ親しんでいる風景から少し離れて知らない道を歩き、ちょっと緑の多い静かな場所に行ってみるといいと思います。だって、見慣れた風景には、思い出や思い入れがあり過ぎて、心を落ち着かせるには、余りに多くの雑念が生じますもんね。

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初夏の眩しすぎる位の太陽の光を程よく遮ってくれる木立の下をゆっくり歩くと、

知らず知らず緊張して縮こまっていた身体から少しずつ力が抜けて、

自然と背筋が伸び俯きがちだった視線が上向き、

新しい風景にいつの間にか閉ざされていた気持ちが少し開き、

緑が作ってくれた新鮮な空気を胸に吸い込むと、

萎びていた心も少し膨らみます。

 

自然の中に身を置くだけで、人類が生まれてからずっと変わらず必要な太陽、水、空気、そして多くの命を育む豊かな土を身近に感じられ、きっと最も深い所の心の安らぎを取り戻せるのだと思います。

安心の泉が見つかれば、それが明日も生きていくパワーの源泉になります。