手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

ただ傍にいてくれるという事

悲しみは、実感を伴わずに少しずつ蓄積していくようだ。

表面張力の限界をとうに超えて本来ならばあふれ出してしまう状態でも、不自然な平静さで目の前の事をこなせてしまう。

 

でもこれは、いつ感情の堰が崩壊するか分からない不安定な精神状態なのは何となく分かっていて、常に「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と自分に言い聞かせながら、やり過ごしている。

 

そんな時、ただ傍にいてくれる誰かの存在が大きな心の支えとなる。

 

「何かできる事があったらいつでも言ってください」、と声をかけてくれる人は大勢いる。でも、その言葉に甘えるのは簡単じゃない。

 

本当に助けられるのは、こちらがお願いするまでもなく、「今そっちに行くから」と言ってくれる存在。どんな言葉を掛けたらいいか、何をしてあげたらいいか分からないけど、放っておけないから傍にいると駆けつけてくれる人の存在。

 

そういう人がいてくれるから、「ありがとう」、と言って泣ける。悲しみの涙が、感謝の涙とうまく混ざり合って一緒に流れ出す。

 

頬を伝う涙と一緒に限界を超えていた悲しみが流れ出し、寂しさと不安でぽっかりと空いた、底が分からない暗い穴へと落ちていく。

 

そしてずっと深いところで微かに雫が底を打つ音が聞こえるような気がする。