少し春めいてきましたね。手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

アラフォー、写真に写る現実が受け入れられない

フランスに来てからの数年、半引きこもり生活が続いていたため、身体も動かさないのに、子供達が学校へ行っている間、お昼を作るのが面倒でポテチをランチ代わりに一袋全部食べちゃったりしていたため、不健康に太り過ぎてしまいました…。

で、時々娘が私の携帯で盗み撮りをしている中に自分の写真が紛れ込んででもいようものなら、見るのもおぞましく即行削除して現実逃避していました。

 

でも、最近こちらでゆっくりと活動を再開した事もあり、否が応でも人と会う事が多くなり始め、少し身ぎれいにしようと思っても、ベースがかなり可哀想な事になっているため、悪あがきにしかなりません…。

 

そこで、色々な方がブログで、ダイエット頑張っていらっしゃるのを見ますし、私も一念発起、5キロ減を目指そうかと思い立った次第です。

 

狙いは、あくまで「道行く人が振り返るような美人」ではなく(無理なので)、「年齢相応で、人前に出ても恥ずかしくない容姿」です。まぁ、でも、目標はできるだけ具体的にした方がいいと、皆さんおっしゃるので、まずは5キロ減(二重顎が(目立た)なくなる程度が目安)です。

 

それからぁ~、実は、人生初で購入した浴衣が、あと2週間程で届く予定なんですぅ。

えっ?なぜ、突然季節外れの浴衣を買ったかって?

 

それが、次回、3月26日に開催予定の講習会のテーマが「茶道」なんです。

お点前をちょこっと披露する予定なんですが、茶道の歴史や露地や茶室の説明の準備をしていると、何だか着物でお点前したいなぁ、という欲求がムクムクと…。で、最初は中古の着物にしようかと思ったんですが、気に入ったものは洗濯機不可。保管も大変そうでした。ズボラな私はきっとシミ付けて…、虫食いされて…、カビが生えて…、1回着てサヨナラになるんだわぁ…、という気がして、諦めました。

浴衣でお点前というのも、ちょっと変ですが、何と言ってもそこは外国の地、少しでも和の雰囲気を味わって貰えれば、本望という気持ちで決めました!丸洗い可で、綿100%。これなら機会がある毎に(←あるのか?)着られそうですしね。

 

柄は子供たちが、ママに似合いそうと言って選んでくれた物です。せっかく着るなら、肉親の欲目でいいから「ママ似合うね。」と思ってもらいたいですしねぇ。

 

という訳で、講習会までには何とか少し痩せたい!20日間で5キロは難しいかなと思うので、せめて3キロ。頑張りまする。

 ちなみに、現時点で身長163cm、体重…67.5㎏です。

まずは、間食をやめて、毎日歩くようにしてみま~す。

効果がなければ、段階的にシビアにして参りましょう。

 

脊髄性筋萎縮症(SMA)向け新薬RG7916、臨床試験フェーズ2への参加者の募集が始まりました。

Roche社がアメリカ、オーストラリア、とヨーロッパの国々でSMAのための新薬の臨床試験フェーズ2を開始します。3種類の臨床試験が予定されており、いずれも試験期間は薬の用量を決定する12週間+24カ月間の予定です。

一つはFirefishとよばれ、こちらはSMA1型の乳幼児50人を対象にアメリカとフランスで行われ、もう一つはSunfishで2才から25才までのSMA2型、3型の患者200人を対象に、最後の一つはJewelfishとよばれ、こちらは同薬で治療を受けた方が対象の様です。

 

 

www.sma-europe.eu

フランス、ドイツ、イタリアでは、すでに募集が始まっているようです。

Search of: Hoffmann-La Roche SMA - List Results - ClinicalTrials.gov

 

昨年末アメリカで承認されたSPINRAZAは脊髄注射による治療で、高い技術が必要となるため、治療が可能な施設がまだそれほど多くない状況ですが、このRoche社の新薬RG7916は飲み薬のようなので、こちらの効果が証明されればきっとより多くの医療機関での処方が可能になるかと思います。

 

日々新薬開発と試験に携わって下さっている方々に感謝しつつ、

今日も希望をもって過ごしています。

 

手の甲にまで「老け」が進行しだした件

約1週間前、車を運転している時に、ふと自分の手を見てギョッとしました。

 

もともとズボラで、容姿が気になるはずの若い頃でさえきちんと鏡も見なかった私でしたが、フランスへ来て半引きこもり生活が続いたせいで、ほとんど自分の顔を直視せずにここ数年参りました。

 

でも自分の顔は、見ようとしないと見えませんよね。なので、いかに可哀想な事になっていても、気にしなければそれで済みます。しかし、手となると…。

 

いつか、樹木希林さんが若い頃に老け役をやる時は、必ず手袋をしていたという話しを聞きました。若い人の手は、ピチピチして綺麗だから、隠しておかないとそこから若さが出てしまうからだと…。

 

私も、とうとう、隠さずとも老け役ができる年になってしまったか…。(学生の頃は演劇が好きで自作自演をした事もありました。)と愕然としたわけです。齢43才にして、気が付くと私の手の甲はハリを失くし、ふにゃっと弛み、細かいシワが一面に…。

とは言え、ズボラでケチな私。高価なクリームを買ってもきっと続かないだろうし、続いたとしても効果があるという保証もないし…。

 

という訳で、こちらのスーパーで買える、普通のお手頃価格の保湿クリームを買って参りました。

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これを朝晩(忘れない時には)手に塗ってみようと思います。

何でも使用始めて3週間後には「しっとり感が41%アップ」、「柔軟さ(肌が柔軟って?ハリの事?Souplesseのいい訳お願いします)が62%アップ」、そして「柔らかさ(こちらはDouceur)が86%アップ」するそうです。

 

さて、私もその効果実感できるでしょうか?

それとも、こんな気休めは何の役にも立たないほど、手遅れ状態だったりして!

 

一応記録のために自分の手の写真を撮ってみました。

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このまま1カ月ほど、この安価なクリームを試し、その効き目のほどをご報告したいと思います。これで、多少でも改善されれば儲けもの。

乞うご期待!

半引きこもり生活、脱出記念(3)

前回、めでたく「乗り越える価値のある障害」に認定された、日本文化講習会。第二弾の「歴史が育んだ建築美」も無事終了しました!

 

でも、こちらは、前回の「和紙と折り紙」と比較すると、範囲が広い上に準備期間も短く、また大変でした~。(ウフフ)

「日本の建築」と一言で言っても、ご存知の通り、法隆寺から現代建築まで本当に色々あり、自分の好みで選ぶにしても1時間の講義に収めるための取捨選択はとにかく難しい!そこで、今回は、建築も、文学や美術と同様、時代背景が反映されているので、歴史に沿って紹介する事にしました。

 

日本の始まりから、という事で神話の時代まで遡り、大国主命を祀る出雲大社から始まり飛鳥、奈良、平安とそれぞれの時代とその建築様式の特徴を説明しながら実在の建造物を紹介する形で10カ所話し終わった所でちょうど1時間。残りの30分は、旅行に役立つ簡単な日本語を紹介して、それを使ってお菓子とお茶を注文し(どら焼き作りました!それも栗入り!)、それを頂きながら、厳島神社の動画を見て終了~。

 

気になる参加人数は8名+サポート2名の計10名!前回の講習会に参加した方2名もご参加頂き、前回比+4名と相成りました。

 

やってみた感想は…、前回に勝るとも劣らない感動の連続でした!!

準備には数倍の時間がかかりましたが、その分学ぶ事も多く、改めて自分の中に息づく大和人の心を発見しました!

 

大陸の影響が最小限になった時に、日本独自の美的感覚や価値観に深く根付いた芸術、文芸、文化が花開き、それが現代の日本人にも知らず知らずのうちに受け継がれているという不思議さ。

 

私が、このフランスという外国の地でも、移ろいゆく季節を彩る草花に心が潤い、自然の大きな営みの中で自分の小ささや命の儚さを思い、人や生き物の存在を愛おしく感じたりするこの気持ちは、私特有の気持ちなどではなく、多くの日本人が太古の昔から共有し、大切にしてきた価値観なのだという事を再認識させられました。

 

万葉集の和歌が1200年以上経った今でも、しっくりと私たちの心に馴染み、そして響くのは私たちが日本人である証拠なのだと思います。

春されば まづ咲くやどの梅の花 独り見つつや 春日暮らさむ 山上憶良 (万葉集 巻5.818)

春が来ると、我が家でまず咲く梅の花。たった独りで眺めながら春の日をおくるのだろうか。

山上憶良は、この歌を詠んだ大宰府で、二年前奥さんを失くしていたそうです。

 

そして準備の楽しさもさることながら、講習会当日も、フランス語は下手ですが、皆さん一生懸命聞いてくださって、質問も飛び交い、こちらも、とても楽しい時間となりました。私のお手製のどら焼きについても、「これはどこで買えるの?」と尋ねる方までいらっしゃいました!

 

自己満足で終わらないためにも、参加して下さった方々の反応も気になるところですが…。こちらも、幸い好評でした!続きはいつするのか、というありがたいお言葉も出ました!

そして次回講習会への予約状況ですが、現時点ですでに4名頂いています。

自分が好きな事を一生懸命して、それで喜んでくれる人がいるというのは、本当に励みになるものですね。またもや感謝感激です。

 

この気持ちを大切にして、第3弾「茶道」も頑張ります!

 

SPINRAZA™ (nusinersen)によるSMAの治療がアメリカで始まりました。

昨年末にアメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)により承認されたSPINRAZAによるSMAの治療が今年1月の第2週より開始されたとの事です。

 

また、治療が開始された週に行われたイギリス、ケンブリッジでの学会でSPINRAZAの新しい臨床試験結果が発表されました。

media.biogen.com

発表によると、途中経過結果で期待通りの効果が確認されたため中断され、全被験者への新薬投与へと移行されたフェーズ3試験ENDEARでは、SPINRAZAが投与されたSMA1型の乳児の死亡率、人工呼吸器依存率共に大幅な減少が見られたとの事です。

 

一日も早く、世界中の患者の皆さんが治療を受けられるようになりますように。治療を受けている患者さんの病状が少しでも早く改善されますように。患者さんと、その家族の皆さんが今日も希望を持って暮らせますように。

 

寒い冬の日。人の暖かさ、しみじみ。

親になると、これまで自分とその周りの事を考えて生きてこればよかったのが、突然「子供とその周り」という世界が一気に広がり、それまでいかに上手に全てをコントロール下において華麗に生きてきたとしても、あっと言う間にカオスに飲み込まれてしまいます。

 

子供を身ごもり、その過程で体や心が徐々に母親になっていく女性とは違い、父親の方はきっと生まれてからの突然の生活の変化に慣れるのは大変かと思います。

 

何はともあれ、親になるという事は、どんな状況であれ、人生が大きく変わる転換期。それぞれの親が、それぞれに大変な思いをしながら、精一杯の愛情を注いで子育てをします。

 

そして、その「大変さ」というのは、ある面「幸せ」であり、ある面「苦痛」であり、またある面は「不安」や「心配」であり、と色々な感情の起伏を経ながら、親は親らしく強く逞しくなっていくのだと思います。

 

数日前、娘と息子を連れて、年に一度の眼科検診に行きました。

当然息子は車椅子。そして、フランスは古い建物が多く、大抵半地下階があるため、入り口は階段になっています。そして、この眼科も例にもれず入口に2段の階段があります。それほどの段差でもなく、幸い段の奥行が広く、一段クリアすれば、一旦車椅子全体を休める事ができるので、介助側にとってみれば楽な方です。なので、この検診に関して言えば、あまり心配はありませんでした。

 

でも、予期せぬ事は起こるものです。

いつもの様に一段目を難なくクリアした所で、車椅子が、押しても引いても動かなくなりました!よくみると、医院の入口の側にゴミ袋が置かれてあり、そのゴミ袋の口を閉じる紐が車椅子の前輪に引っかかっています。

『ちぇっ、今日、ゴミの回収日だったのか…』

「ちょっと、あれ取るから、ちゃんとブレーキかけてよ!」

楽勝気分が、突然のピンチに、一瞬にして緊張!(車椅子で出かけるとよくある事ですが…)

すると、背後からお年寄りの男性が

「大丈夫。ワシがやっちゃる!」と、サッと紐を取り除き、フットワークも軽く私たちの横を通り抜け、医院の入り口のドアまで開けてくれました。

「ありがとうございます!」と息子と声を揃えて言うと、

「何てこたー、ないさ」と、お爺ちゃんは、にっこり。

 

障害を持った子供の親というと、多くの人は「大変でしょうね…」と同情して下さいます。

 

でも、私は、どの親でも大変なのは皆同じだと思っています。

私にとって、「障害のある息子を持つ」という事は彼が診断を受けた時から10年弱、ずっと続く日常であり、極普通の事。もちろん、障害児を持つ親としての特有の心配事はあると思いますが、それも毎日続けば特別ではなくなります。なので、私たち家族は、その他多くの家族と何ら変わりない、いたって普通の家族だと思っています。

 

ただ、一つ違う事があるとすれば、それは、「弱い立場になってみないと分からない他人の優しさや良心のぬくもりを日々実感する事ができる」という事でしょうか。

 

フランスで車椅子を押していると、かなりの頻度で立ち止まらなければいけません。古い道が多くいですから。でも、必ずと言っていいほど、皆さん助けて下さいます。息子には、助けてもらったら、必ず笑顔で元気に「ありがとうございます!」と言うようにと言っています。心を込めて感謝すると、照れ隠しのハニカミ笑顔が返ってきます。二度目のホッコリ。

 

息子、障害児。私、障害児の母。

今日も、私たちは幸せ者です。

通せん坊を楽しむ悪ガキども

子供の頃に経験はないでしょうか?

何だか知らないけれど、突如何人かに行く手を阻まれ、

「○○ちゃん、こっち行っちゃだめ!」、と通せんぼう。

私は、何度かあったと思うが、一番強烈だったのは保育園の時にされた通せん坊。

 

いつも遊んでいる鉄棒があった遊技場の隅っこ。暑い日でも木陰で涼しいのが好きだった。ある日、普段通りに、そっちへ歩いていくと突然バラバラと3,4人の女の子が私の前に現れ…

「○○ちゃん、こっち行っちゃだめ!」

 

年長さんだったかな。とすると、6才。ただ、その6年間、私は大家族の中、もまれて生きてきたので、すでに通常の6才児と比べると現実の大変さを多少は心得ていたんだと思う。「泣いて引き下がる」という選択肢は最初からなし。

「え、何で?いつもここで遊んでるんだけど。」

「え?えっと…でも、…あっ、せ、先生がダメって言ってたよ」

子供心に『先生がそんな事ゆうかっ!』と思い、変に焦ってる子達を横目に知らん顔で直進。

「○○ちゃん、ダメって言ってるでしょ。ダメだよ~!」

で、いつも木陰を作ってくれている鉄棒の横の木の下まで来た時、ふと上を見上げると、何やら木の枝にぶら下がっている。

よく見ると私の傘。

さっきの「大家族」でご察しの方もあるかと思いますが、私には兄弟姉妹がやたら多いんです。でも姉は私の7才上で、彼女からのお下がりは全て年季が入ってました。その傘も色あせて、可愛いとは言い難い代物でした。

犯人はもちろんそこに並んでる子達。

私はその子らを無言で睨みつけると、木に登り、傘を手に取ったものの、傘を持ったまま木を降りる事はできません。だからと言って、私の傘を隠した子らに手伝ってとも言えず、仕方がないので傘を落としました。

すると、年を経て脆くなっていたプラスチックの持ち手が、地面に落ちた時のショックに耐えられず無残にも根元からポキッと折れてしまいました。

木の下で並んでた子達は一瞬息を飲むと、せーのっ!でその場から逃げ去りました。

木から降りて涙が零れそうになるのを我慢して、壊れた傘を手に取りました。

家は決して裕福ではなく、子供心にそれを感じていたのか、お店に行ってもおねだりした覚えもありません。壊れてしまった傘は、必需品。お母さんに何て言おう…と考えて途方に暮れました。

 

記憶はここまで。今でも鮮明に覚えてます。でもその後、壊れた傘について親に何を言ったのか、新しい傘を買ってもらったのか、どうなのか、まったく覚えていません。朧ながらに兄のお古の紺色か何か地味な色の傘をしばらく使っていたような…。

 

で、本題は、あの子達の気持ちです。

もちろん、明確な原因があったのかもしれない。私が仕返しされなきゃいけないような言動を取ったのかもしれない。であれば、ある程度理解できる。やられたら、やり返すと言うのは、それが良いか悪いかは別にして、いつの世にもある自然な心情だから。

でも、人間、特に子供の頃って、純真さや天真爛漫さと一緒に残酷さや残忍さが心に共存していて、時にこれと言って理由がなくても、その側面が表面にでてくる事がある。「ちょっと邪魔してやろう。」とか「ちょっと意地悪してやろう。」とか「ちょっと痛い事してやろう。」とか。

私にも、蟻の行列にわざと石を置いて、蟻の行列が乱れて、その後時間をかけて、また道筋ができるのを見て、喜んでいた覚えがある。蟻にしてみればいい迷惑。

子供の発達過程で、時にイジワルになってしまう事は極普通なのかもしれない。でも、意地悪をした後、悪い事したな~、あの子傷つけちゃったな~、とちゃんと反省する機会を逃すと、いじめっ子への道を突き進む可能性だって、大人になっても時々顔をもたげるイジワルな性格を抑えられなくなる可能性だってある。

なので、やっぱり、大人は、子供が誰かに意地悪しまった時、その都度ちゃんと真剣に注意し、叱ってあげないといけない、と思う。

 

そして、最近、一生懸命頑張って働く一人の女性が、批判と糾弾の的となり、彼女以外の大多数の人間がグルになって、彼女の行く手を通せん坊するのを目の当たりにした。

私自身は、なぜそういう状況に彼女が陥ったのか、そのいきさつは知らなかったが、一生懸命身を粉にして働く姿と、傷ついている彼女の姿だけが見えた。誤解されて努力も評価されずに爪はじきにされたという感じだった。

そして、私は彼女を敵対視している人の口から、「踊らされないで!」と言われた。「踊らされる?」どう考えても、「感情的になって浮足立ってるのはあなたの方では?」と言い返したいほどの激昂振り。

 

通せん坊。相手が俯いて引き下がるのを見て、何だか強くなったように勘違いする。自分のした事が正義だったと勘違いする。

 

やっぱり、大人は、子供のイタズラやイジワルな言動をキチンと正していきましょう。それが、弱虫のする愚かで卑怯な事だと、教えてあげましょう。

そうすれば、10年後、20年後、社会がもう少し住みよくなるかもしれません。