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少し春めいてきましたね。手持ち無沙汰な時、温かいお茶のお供にでもして頂ければ、うれしいです。

通せん坊を楽しむ悪ガキども

子供の頃に経験はないでしょうか?

何だか知らないけれど、突如何人かに行く手を阻まれ、

「○○ちゃん、こっち行っちゃだめ!」、と通せんぼう。

私は、何度かあったと思うが、一番強烈だったのは保育園の時にされた通せん坊。

 

いつも遊んでいる鉄棒があった遊技場の隅っこ。暑い日でも木陰で涼しいのが好きだった。ある日、普段通りに、そっちへ歩いていくと突然バラバラと3,4人の女の子が私の前に現れ…

「○○ちゃん、こっち行っちゃだめ!」

 

年長さんだったかな。とすると、6才。ただ、その6年間、私は大家族の中、もまれて生きてきたので、すでに通常の6才児と比べると現実の大変さを多少は心得ていたんだと思う。「泣いて引き下がる」という選択肢は最初からなし。

「え、何で?いつもここで遊んでるんだけど。」

「え?えっと…でも、…あっ、せ、先生がダメって言ってたよ」

子供心に『先生がそんな事ゆうかっ!』と思い、変に焦ってる子達を横目に知らん顔で直進。

「○○ちゃん、ダメって言ってるでしょ。ダメだよ~!」

で、いつも木陰を作ってくれている鉄棒の横の木の下まで来た時、ふと上を見上げると、何やら木の枝にぶら下がっている。

よく見ると私の傘。

さっきの「大家族」でご察しの方もあるかと思いますが、私には兄弟姉妹がやたら多いんです。でも姉は私の7才上で、彼女からのお下がりは全て年季が入ってました。その傘も色あせて、可愛いとは言い難い代物でした。

犯人はもちろんそこに並んでる子達。

私はその子らを無言で睨みつけると、木に登り、傘を手に取ったものの、傘を持ったまま木を降りる事はできません。だからと言って、私の傘を隠した子らに手伝ってとも言えず、仕方がないので傘を落としました。

すると、年を経て脆くなっていたプラスチックの持ち手が、地面に落ちた時のショックに耐えられず無残にも根元からポキッと折れてしまいました。

木の下で並んでた子達は一瞬息を飲むと、せーのっ!でその場から逃げ去りました。

木から降りて涙が零れそうになるのを我慢して、壊れた傘を手に取りました。

家は決して裕福ではなく、子供心にそれを感じていたのか、お店に行ってもおねだりした覚えもありません。壊れてしまった傘は、必需品。お母さんに何て言おう…と考えて途方に暮れました。

 

記憶はここまで。今でも鮮明に覚えてます。でもその後、壊れた傘について親に何を言ったのか、新しい傘を買ってもらったのか、どうなのか、まったく覚えていません。朧ながらに兄のお古の紺色か何か地味な色の傘をしばらく使っていたような…。

 

で、本題は、あの子達の気持ちです。

もちろん、明確な原因があったのかもしれない。私が仕返しされなきゃいけないような言動を取ったのかもしれない。であれば、ある程度理解できる。やられたら、やり返すと言うのは、それが良いか悪いかは別にして、いつの世にもある自然な心情だから。

でも、人間、特に子供の頃って、純真さや天真爛漫さと一緒に残酷さや残忍さが心に共存していて、時にこれと言って理由がなくても、その側面が表面にでてくる事がある。「ちょっと邪魔してやろう。」とか「ちょっと意地悪してやろう。」とか「ちょっと痛い事してやろう。」とか。

私にも、蟻の行列にわざと石を置いて、蟻の行列が乱れて、その後時間をかけて、また道筋ができるのを見て、喜んでいた覚えがある。蟻にしてみればいい迷惑。

子供の発達過程で、時にイジワルになってしまう事は極普通なのかもしれない。でも、意地悪をした後、悪い事したな~、あの子傷つけちゃったな~、とちゃんと反省する機会を逃すと、いじめっ子への道を突き進む可能性だって、大人になっても時々顔をもたげるイジワルな性格を抑えられなくなる可能性だってある。

なので、やっぱり、大人は、子供が誰かに意地悪しまった時、その都度ちゃんと真剣に注意し、叱ってあげないといけない、と思う。

 

そして、最近、一生懸命頑張って働く一人の女性が、批判と糾弾の的となり、彼女以外の大多数の人間がグルになって、彼女の行く手を通せん坊するのを目の当たりにした。

私自身は、なぜそういう状況に彼女が陥ったのか、そのいきさつは知らなかったが、一生懸命身を粉にして働く姿と、傷ついている彼女の姿だけが見えた。誤解されて努力も評価されずに爪はじきにされたという感じだった。

そして、私は彼女を敵対視している人の口から、「踊らされないで!」と言われた。「踊らされる?」どう考えても、「感情的になって浮足立ってるのはあなたの方では?」と言い返したいほどの激昂振り。

 

通せん坊。相手が俯いて引き下がるのを見て、何だか強くなったように勘違いする。自分のした事が正義だったと勘違いする。

 

やっぱり、大人は、子供のイタズラやイジワルな言動をキチンと正していきましょう。それが、弱虫のする愚かで卑怯な事だと、教えてあげましょう。

そうすれば、10年後、20年後、社会がもう少し住みよくなるかもしれません。